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イムカヒブ族とともに 02

高本淳

 毎朝、爽やかな起床の時間にイムカヒブの者たちがまっさきに行うのはポカラの屋外への運び出しだった。それらは蓋に渡された紐でしっかりと密閉されているので不快な匂いがもれたりする怖れはないとはいえ、他人のそれを運ぶのを想像すればわたしなら少なからず躊躇するかも知れないところなのだが、どうやら彼らにとってこの道具は単なる生活用品以上の神聖な意味を付与されたものらしかった。すべての者が所有するポカラをそっくり運び出すために一団の男たちが厳粛かつ組織だったリレーで、じつにうやうやしくそれらを取りあつかう様子はじつに何かの宗教儀式を見る思いであった。
 前に述べたようにポカラの表面には非常に鮮やかな彩色で謎めいた幾何学文様がほどこされていた。多くは六本の脚をもつ昆虫の抽象化された図案だったが、じつはそれらは彼らが祖先の霊と同一視し崇拝する幾種類かの昆虫たちの一つであり、この図柄には後にわたしがそれに気づくまでに少なからぬ時を要す深い意味がこめられているのであった。
 これらの容器は居住輪から運び出されると外で待っている村の女たちの手にわたされるのだが、どうも全員すべての所有者をその表面の装飾の微かな違いで判別しているらしく、いささかの手違いもなく持ち主とある親密な関係をもつ特定の相手に――つまり夫のものはその妻に、息子のものはその母親に、という具合に――確実に手渡された。
 それでは部族に加わって間もないわたしのポカラは、と言えば毎日ひとりの年輩の女性に手渡されていた。後で聞くところによると彼女の夫はその数か月前に――あるいは『鏃鮫』にでも襲われたのだろうか――行方不明になり、寡婦になったその婦人はたまたま異邦人であるわたしの世話をすることになったとのことであった。そんなわけで毎朝わたしは、いかにも彼女が不快かつ迷惑に感じているのではないかと懸念しつつ恐る恐る遠目に表情をうかがっていたのだが、幸いにもまったくそうした様子は感じられなかった。むしろ何か貴重な贈り物をもらったような誇らしい表情で女性たちは、必ずそれぞれの容器をうやうやしく抱きかかえるようにして森のなかに消えていくのだった。やがて数刻が過ぎた後、新たに芳香性の木の葉をいっぱいに詰められて容器は同じような儀式的な手順を経て最終的に持ち主の手元に戻ってくるのだったが、どうやらその中身を女性たちがどこでどう始末しているのかは部族の男性たちは知ることができない禁忌とされているらしかった。

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