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イムカヒブ族とともに 03

高本淳

 ポカラにまつわる荘重な儀式が終わってのち彼らは自らの居住車で部族全員のための食事をつくりはじめる。そもそも順序が逆ではないのか? 女性たちは何処かで排泄物を始末したあとでちゃんと手を清めているのだろうか――といった疑問は正直文明人としてわたしの心に浮かびはするのだが、なにしろただいま現在は無為徒食の身分であるし、そもそも言葉はほとんど通じないのであるから是非もない次第というものだ。
 献立は予想どおり質素かつ堅実である。ある種の根茎の中身をさらした粉を水で練り熱い石の上で焼いた『パン』とさまざまな木の実、狩猟や漁労による獲物を香りのよい葉でくるみ蒸し焼いたもの、といった食事が毎日変わらずに繰り返される。最初のうち単調で薄い塩味だけの食事はいかにも物足りない気もしたが、慣れてくれば微妙ながら作り手の個性らしきものも感じられ、それなりに滋味深いものであることに気づくのだった。
 面白いのは農耕の産物としてのパンを焼くのが女たちであるのに対し、猟の獲物を蒸し焼きにするのは男たち、という具合に男女の仕事が公平かつ対称的に振り分けられていることだ。これは単に生活上の役割分担というだけではない。例えば彼らは前に触れたように数種の昆虫をそれぞれの出自の象徴とし、同じ出自同士の婚姻を忌避するのであるが、この「家系」はじつは男女とも母親のそれを引き継ぐのである。
 いっぽうもっぱら物質的な財産はわれわれの社会と同じく子供たちは父親のそれを相続する決まりになっている。このなかには後述する『コドリガ』のごとく父親が死ぬか引退するかしてのちはじめて息子へ世襲される財もあるのであるが、通常は定まったものというよりその時々手に入った品物の気まぐれな贈与という形が多い。特に父親から娘へは――家族が同居する習慣がないこともあって――まるで遠くから姪を溺愛する気前のよい叔父のように、陸生の巻き貝で造られた装身具や香木の頭飾りなどといった品物をふんだんに贈ることが世間的に望ましいとされている。ただしイムカヒブの男女関係はわれわれの社会の基準から照らすとかなり放縦なものであり、実のところ誰がほんとうに自分の息子や娘であるのかを男たちは――女たちの言うがままを信じるだけで――確信を持って知ることはできないのである。
 こうした風習は一見奇妙で煩雑なもののように思えるのだが、どうやら彼らの社会において結婚や性というものの意味がわれわれのそれとはまったく異なっていることに由来するらしい。たしかに子細に観察するとこれらの禁忌は近親相姦を巧みに回避する知恵であるように感じられてくる。とにかく男女の力関係や互いの立場に関しては彼らの社会はわれわれのそれよりはるかに平等にできあがっているようにわたしは感じる。
 イムカヒブの暮らしには家族単位の団らんというものは存在しない。ほぼ午前中いっぱいかかって女たちは部族全員にいきわたるだけのパンを焼き上げ、男たちは手分けして狩猟の準備の傍ら蒸し焼きをこしらえるのだが、それらはただちに他の居住車にも運ばれて専用の場所に置かれる。そのなかから各自はおのおの好きな時間に好きなだけ取りわけて食べる――というのがこの部族の日常の食生活なのである。

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