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イムカヒブ族とともに 06

高本淳

 

 習慣の違う人々とともに暮らすのであるから時として思わぬ失敗をしでかすこともある。言葉を覚える過程でわたしはそうしたトラブルのひとつをひきおこしてしまった。
 ナヤンから教わったことを記憶にとどめるべく、わたしは自分の寝床のわきのムサの葉を簡単な覚え書きに使っていたのだ。尖った小枝の先で文字を分厚い葉の裏に刻むとやがてそれは茶褐色の線条となって浮き上がってくる。べつにインクや紙がなくても簡単なメモ書きとしてなら十分実用になるのである。そこでわたしは故郷の発音の似た単語の綴りで若者の口から発する音をできうるかぎり正確にそこに記録するよう努めた。
 しかしこのことが後に問題を引き起こすのである。前にも触れたが彼らは自らの身体をさまざまな意匠の入れ墨で飾っている。また日常品の一部――ポカラやコドリガの舳先の飾り板など――にもやはり独特の模様が記されている。しかしそれらはすべて部族伝来の正しい伝統にのっとった様式のもとに描かれており、決してひとりの図案家が彼の芸術的かつ独創的なひらめきとともに生み出すわけではないのである。
 彼らの身のまわりにあるデザインはしたがって、すべて慣れ親しんだ形とそれに付随する意味とを持っているのだ。そして彼らは自分たちに理解できない文様の類をひどく怖れるのである。なぜならそうした判読不能な形象はおそらくは呪い師たちが秘密のうちにその弟子に伝える強力な魔力をもつ象徴図形であり、それゆえそれらはある特定の人物に対する秘匿された悪意を意味するからである。
 まさにわたしの故郷の文字による覚え書きはそうした呪術的象形と見なされたのだ。ムサの葉にわたしが見慣れぬ記号を書き連ねている姿を目撃した部族の男は居住輪の全員にこの邪悪な企てを告発すべく悲鳴をあげた。たちまちわたしは――いったいぜんたい何事が起こったかわけもわからぬうちに――ひどく興奮し殺気だった男たちに取り囲まれていたのである。
 本来ならわたしはその場で不吉な図形を書き記した葉ごと虚空に放り出されてしかるべき立場であった。しかし幸いなことに部族の長であるサラキは日頃から公明正大さをモットーとしていた。彼はまた数知れず冒険と通商の旅に出、異邦の人々が時としてイムカヒブの良識とはほどとおい奇怪な慣習をもつことを熟知してもいた。そこで彼は事実上の世話係であるナヤンに命じて、まずわたしの真意を問いただすことにしたのだった。
 実際のところわたしの言葉の理解はいまだ部族の三歳の子供にも及ばす――それでなければそもそも基本的な単語を書き留める必要もない――まず彼らの憤りの原因を理解し、それに対して自分はべつに部族の誰かの死を望んでいるわけではない、と説明するために途方もない時間がかかった。もっともイムカヒブ族はおよそ事を急ぐという人々ではなく、こうした諍いの解決には何日も、場合によっては何週間もかけることが普通であったから、つたない弁明であっても時間と誠意をつくすことでわたしはなんとか身の潔白を信じてもらうことができた。もっともせっかく書きためた単語帳はすべて男たちに没収され破棄されてしまい、以後わたしは自らの頭脳だけを頼りにイムカヒブ語の学習をすすめるしかなくなったのである。

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