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イムカヒブ族とともに 07

高本淳

 

 故郷でのように太陽が最も高くなる時刻をもって「正午」と呼ぶ習慣はないものの陽射しがいちばん強くなる数時間を雑談と午睡で過ごしたのち、イムカヒブ族ははそれぞれの仕事場へと向かう。「戦士」たちは狩猟と種族の縄張りの巡回に、「コドリガ乗り」たちは航海の訓練をかねた漁に、そして女たちは――場所を秘された彼女たちの「畑」の世話をするために居住輪を出ていく。あとに残るのはもっぱら世間話をかわしつつ家畜と幼い子供たちを見守る役目の老人たちだった。
 わたしはといえば例え何の役にたたなくとも語学の教師役ナヤンが行く先に一緒についていくしかなかった。あいかわらず重さを欠いた世界に戸惑い、宙に投げ出される危険を強く感じつつ、わたしはじつに久しぶりに居住輪を出てこの若者がいると聞いた森の外れまで枝々を伝って這い進んでいった。
 細い捻れた枝の先端に達してあたりを見回したわたしは果てしなく広がる空間を前にしてすがすがしい開放感とともに身の回りに一切すがるべきもののない一種の怖れを感じた。わずかの間にすっかり居住輪の生活に慣れてしまった自分に苦笑しながらあえて不安を押し殺して枝先のてっぺんに掴まり、その世界の頂点のような場所からわたしは虚空を眺め渡してみた。
 森全体がゆっくりと回転しているために太陽の位置がすこしずつ変わっていく。それにつれて樹冠の葉で作られるきらめきと陰影もまた微妙に移り変わっていった。ふだん薄い霞がかかっていることが多い空も今日は遠くまで見通すことができ、手のとどきそうなほどの距離に同様な浮遊するジャングルがいくつも数えられた。暗緑色の染みのように見えるそれらの間にはまれに不規則な形の岩塊や球形をしたエメラルドグリーンの池もまた見ることができた――ごく近く感じられるものの実際はそうしたジャングルや池や岩塊はこの森と同じぐらい巨大であり、互いに距離が離れているためぶつかりあうことはめったにないということだった。
 それからわたしは顔をあげ遙か空の彼方、イムカヒブ族の呼ぶところの『神の漁り網』を眺めた。蒼穹の奥に微かに白く編んだ籠のような三角形の繰り返しパターンが透けて見える――もし大気の透明度が十分高ければ目のとどくかぎりその模様が連なって空全体を包み込んでいるはずだ。この場所から眺めるとまさに網のように儚く華奢なそれが、じつは故郷の人々が耕し放牧し家を建て町を作って暮らす確固とした『大地』であるとはちょっと信じられない気がする。現にそこからやってきたわたし自身がそうなのだからイムカヒブの人々に祖国の話をしたところで理解されるはずもないのだ。そう思うと寂寥の念とともに遙か望郷の思いが胸をしめつけ不覚にも目頭に涙がにじむのだった。

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