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イムカヒブ族とともに 08

高本淳

 

「トーヤイ! トーヤイ! ガッ」
 突然甲高い叫び声が聞こえ、わたしは甲斐無き想いから引き戻された。声の主はほかならぬナヤンである。彼はすこし離れた枝端で宙に身を乗り出すように入れ墨で飾られたその腕をゆっくり振っていた。よく見れば手にはなにやら赤褐色をした半透明な塊を持ち、さらに腰にも同じ物質の大きな塊が縛りつけてある。どうやら粘着質で柔らかいそれを片手でちぎって空にかかげている様子だった。
 いったい何事がおこるのかと興味深く眺めていたわたしの視野のすみを不意に黒い影がかすめた。驚いて見直すとなんとそれはしばしば森の小動物を餌食とする小型の『鏃鮫』の仲間であった。ナヤンに警告しようかと一瞬迷ったが、しかし若者が十分承知しているらしい態度であるのを感じてとどまった。むしろ彼が赤褐色の塊を振りその香りを風に乗せていたのは、まさにその飛翔する肉食獣を呼び寄せるためであるらしかった。
「ガッ、トーヤイ、コム!」
 ナヤンはそんな台詞を叫びつつ手のうちの塊を宙に投げた。そして驚嘆するわたしの目の前でかの鮫はそれを、まるで飼い主の手から投げられた餌を受け取る猟犬のように喜々として飲み込んだのである。

 あたりに漂っている甘い匂いからしてたぶんその赤褐色の塊は、ロチの蜜となんらかの植物性の粉末を混ぜ合わせ固めたものと思われた。ちなみに『ロチ』とは森の民の四大トーテムのひとつである重要な昆虫であり、その巣から獲られる蜜も神聖かつ貴重な食物として大切にあつかわれている。そもそも家畜のほかイムカヒブ族には愛玩のためにペットを飼うという習慣はないことを知っていたので、わたしは青年の行動にいたく興味を覚えた。この鏃の形に似た『鮫』は――もちろん故郷で『大翼』を襲いしばしば井戸の薦綱を切るため忌み嫌われているあのやっかいものの仲間であるが――こうした暖かい空域ではいまこの若者から餌をもらっている小型のものにはじまりおびただしい種類が生息している。多くは果実などを主食としているが、ときとして森の民の狩猟対象である小動物をも食らう。つまり生存競争に関しては人間のライバルとも言えるのである。それゆえこの『コドリガ乗り見習い』がかかる野生の肉食獣を手なずけようとその貴重な食材を用い多くの労力をはらっている理由がわたしにはいまひとつ解せなかったのだ。

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