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蜘蛛の糸

中条卓

 

日付変更線からまっすぐ天に向かって伸びたナノカーボンチューブのケーブル。タコ糸ほどの太さのそのケーブルを1万メートルたぐったところに彼女の住処がある。そこは国際法によって250年もの懲役を課せられた彼女の独房であり、彼女はこの世の終わりまでそこに幽閉される定めなのだ。そして今、私はその彼女に会うために果てしない上昇を続けている。ケーブルを把持するための特殊な装具と飲食物をつるしたヘリウム気球の助けを借りているとはいえ、1万メートルの垂直な綱渡りはあまりにも過酷だ。すでに私は幾十もの挫折の痕を目にしてきた。ケーブルを把持するための手袋は終点に達するまで脱ぐことができないので、やむを得ず中途で脱落した者たちは両手を切り落として地上へもどるしかない。そのようにして残された両手がケーブルをつかんだまま白骨化して、墓標のように、あるいは道標のように点々と連なっている。だが出発からまる一週間を経た今、私を差し招いてきた骨の手はいよいよまばらになり、希薄な空気と氷点下の気温、そして苛烈な紫外線に焼かれて私は生きながらミイラ化する気分を味わっている。

そもそも彼女は実在しているのだろうか? また彼女の所まで無事にたどり着いて本懐を遂げたものがこれまでに何人いるというのか? 天空の宮殿に住むのは鬼女であり、訪なう者の余命と引き換えにその願いを叶えてくれるという。またある者は彼女をインキュバスと呼び、男であろうと女であろうとその精を吸い尽くし、抜けがらを雲海に捨てるのだと言う。あるいは彼女は聖女であって、訪れたものを永遠の楽園に案内してくれる、とも…

私がこの身を捧げようとしている神話はこのようなものだ。いわく、彼女は邪眼の持ち主であり、心に描いた者を誰でも石に変えることができる…そのゆえに彼女は人界から隔離され、独り寝を余儀なくされている。だが彼女の力はこの世になくてはならないものでもあるので、誰も彼女を死刑にすることはできず、それどころか彼女が誰かを石に変える度ごとにその刑を増し、それによって彼女の齢を永らえさせているのだ。

ならば私は彼女のために人類が提供する捧げものなのか? 希薄な空気の中では人は考え続けることができない。私にわかっているのはただひとつ、私にはどうしても復讐したい仇があり、その復讐を遂げるには彼女の力を借りるしかないということだ。

そして私は上り続ける。蜘蛛の糸の果てに待つ者が何なのか、自分が果たして糸を上っているのか降りているのか、自分が今奈落にいるのか極楽にいるのか、そもそも生きているのか死んでいるのか、あるいは夢を見ているのか、誰かの夢の中でもがいているうたかたに過ぎないのではないか、そんなことを思いながら、私は糸をたぐり続け、いつしか糸を口から呑み込んでは尻から吐き出す一匹の蜘蛛と化していく。

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