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イムカヒブ族とともに 17

高本淳

 

 板木を激しくうち鳴らす音で目が醒めた。誰かが外で叫んでいる。まわりの男たちが跳ね起きるなりロープの束をつかんで表に飛び出していくのだが、なにごとが起こったか尋ねるのを躊躇うほどの急ぎぶりだ。あいにくナヤンの姿は近くになく状況を確かめるすべもない。慣れぬ事態にとまどいつつも心をきめた。こんな場合の最善の策は問答無用、みなと同じ行動をとることだろう。手近の柱に巻きつけられた綱をほどき一瞬思案したのち、先日失望を味わうことになった弩をそれで背に縛ると文字どおり半ば浮き足だったままわたしは居住輪を後にした。
 表にでてみればあいにくこの村にはじめてやってきた日のように濃い霧がたちこめている。まわりを行く部族の者たちのおぼろげな影を懸命に追いつつ、あれこれ想像をめぐらしてみた。ひょっとしたらマサスミのような敵対する他部族が攻め込んできたのだろうか? しかし人々の様子には不意打ちを受けた怯えや緊迫感といったものは感じられず、かえって祭りに集う者たちの高揚した雰囲気のようなものをすら漂わせている。察するところ念のためにと持ってきた武器はどうやら今回は出番はなさそうだった。
 やがて森のはずれに出、虚空にのびた枝の先から瞳をこらすとつい目と鼻のさきをイムカヒブの男たちが乗り込んだコドリガがゆっくり通過しつつあった。こぎ手があつかう布を張った櫨が霧のなかで規則正しくひらめき、さらに乗員のひとりが帆柱の先端に巻かれた綱をほどいて素早く船首のほうへ移動していく姿もおぼろげにうかがえる。蔦籠が結びつけられた船尾が乳白色の帳のなかにまぎれこもうとするまぎわ、突然あの「トーヤィ! トーヤィ!」という唄うような叫びが耳にとどいた。
 やがて風向きが変わったのだろう、いままでとはあきらかに違う気配をまとった風が背後から葉を鳴らしながら吹きわたってきた。またたくうちに霧は晴れはじめ、あらためて見まわせばまわり中の枝という枝に村人たちが群がっているのだ。彼らが互いに興奮した様子でゆびさす彼方に目をやったわたしは不思議な胸の高鳴りを覚えた。薄れる霧のむこう眩い陽射しにきらきらと輝きつつ巨大な水の塊がゆったり波打ち浮かんでいた。

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