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イムカヒブ族とともに 18

高本淳

 

 ふと見ると先ほどのコドリガが水球のむこうがわにまわりこむところ。いまあらためて気づいたのだが船はその背後に細い紐を曳いていた。近くにいる村人にわけを尋ねると茂みに置かれた大きな網に結んだロープを引き出しているとのこと。この大騒ぎのわけがようやくわたしにも了解されてきた。すなわち空中に浮かんだ巨大な水の塊を網をもちいて村人総出ですくい取ろうという目論みらしいのだ。
 しかし霧を吹き散らした風が災いしたか漕ぎ手の奮闘にもかかわらず船はかえって距離を離されつつあった。いったいどうするのかといぶかるわたしの耳にふたたびあの「トーヤィ! トーヤィ、ガ」という叫びが届いた。高い調子で発せられる韻律は滑らかで以前聞いたナヤンのそれは粗雑な真似事に感じられるほどである。予期していたとおりまもなく鏃鮫が一匹いずこからともなく姿をあらわした。さて、このさきいったい何が起こるのか?――興味を持って眺めるうち舳先に立った男は腰の籠からかの『ロチ』を手ずから投げ与え、間近に寄ってきた動物に一言二言話しかけたと思うと、そのおおきな鼻面に腕をまわしてロープの先端の輪をひっかけたのである。そして驚いたことに鮫は嫌がるどころかむしろ喜々とした様子で綱を正しい方向にぴんと張り、大きく尾翼をはためかせながら船を風上にむけて曳きだしたのだった。
 のちに村の年寄りに聞いた話ではそもそもこの独特のかけ声は乳離れした幼児にはじめて食事をあたえる際の「トゥーヤイ・グア・ケィ」――「汝に生命の糧を与える」という意味あいの儀礼的な呪文であるそうだ。それが転じて今では動物に餌づけするときの呼び声になったらしい。とにかくこうして森の民の船は帆と漕ぎ手のあやつる櫨のほか火急の際には鏃鮫の力を利用することもできるのである。聞けば最大四匹の鏃鮫をそれぞれ帆柱の先に位置した男たちが呼吸をあわせて扱うことで短時間ながら脈一拍のうちに五十尋を飛翔することも可能であるという――そしてもちろん森の民の操るこの空中船の商用語による呼び名『コドリガ(四頭立て馬車)』はここに由来するのである。

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