群れ集まった人々が声高にしゃべりつつ指さす彼方を見れば、当の子供はすでに家五軒ほどの距離を置いて木々に平行するような形で流されつつある。ペニスサックをつけていないから割礼前の少年だ。歳のころで言えば四つ、五つだろうか。しゃくりあげているものの手足を広げ懸命に姿勢を安定させているところから恐怖で我を忘れているわけではない。相手が落ち着いていてくれれば救える可能性は高い。 万一にも怪我をさせないよう鏃を折り砕き衣服を引き裂いた端布で幾重か巻き包んだ。つぎにたずさえてきた細紐――コドリガが後にひいていたものの一部だ――の両端を矢柄と手近の枝とに結びつけ、わたしは引き絞った弩に矢を装着した。 「姿が見えないと思ったらやはりここか」 そう声をかけられて傍らを見るとアイカダである。ここしばらく顔をあわせる機会がなかったが面倒見のいいこの若者のこと日頃からわたしを気にかけていてくれたのだろう。そう思うと嬉しかったがいまはのんびり話している時ではなかった。 「これであの子が救えるか試してみるよ」 「うん」彼はうなずいてつづけた。「ところで狙いは風上側に逸らしたほうがいい。風が紐を運んでくれるだろう」 わたしは直接子供の身体に矢を当てるつもりでいたのだが、あらためて考てみればアイカダの言うのが正しそうだ。細くとも長い紐を曳いて飛ぶ矢は少なからず風の影響をうけるだろう。うなずいたわたしは助言どおり風上を狙って射た。 矢筋は正確だったはずだが予想以上の風に煽られ、矢はかなり離れた位置を飛びすぎた。あわてて巻き取ろうとするわたしの手をしかしアイカダは止めた。 「すこし待った。あの子が気づくまで……」 そう言うと船乗りがよく使う甲高く響き渡る指笛で彼は子供の注意をこちらにひきつけ、回転する身体がこちらを向いたときようやく森から放たれた矢と紐を見つけた少年は空中でもがきはじめた。森の民たちは長年の経験でかなり巧みに空中を泳ぐことができる。しかし幼い技量はまだ充分ではないらしく、いっぱいに伸ばしたその手のわずか先を紐は流されていった。 「もう一度やろう。みんな手をかしてくれ!」 アイカダの号令一下いっせいに人々が細紐にむらがった。あらためて気づけば周囲の枝という枝で村人たちがこちらを見守っているのだった。瞬くうちに細紐は巻きとられ手から手に渡され矢が戻ってきたが、その時にはすでに彼我の距離はかなり離れつつあった。つぎは失敗は許されないだろう。ふたたび弩に矢をつがえ天に祈る気持でわたしは再度射放った。 |