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イムカヒブ族とともに 23

高本淳

 

 矢は少年のすぐ傍らを飛び過ぎた。固唾を呑んで見守るうちに風が紐を運び、宙に伸ばした小さな手が今度こそそれを掴んだと見えた瞬間わたしを含めすべての人々はこぞって喝采を叫んだ。さらに流されつづけ少年の姿はまもなく木々の後ろに隠れたがわたしの手に伝わる感覚はその所在をはっきりとつげていた。われわれは紐をたどって森の端まで移動し、そこに集う全員の手によってふたたび細紐は今度はゆっくり慎重に巻き取られた。間もなく涙ぐむ少年が感涙にむせぶ母親の腕にしっかりと抱き取られるや人々の歓喜は最高潮に達した。間違いなく故郷で功労のあった者の背中を強く叩くのと同じ意味に違いない、すべての村人たちが競ってわたしの身体に触れようとするので、しばし周囲の空間は入れ墨をほどこした腕やら脚やら胸やら尻やらで塞がれた。あの子の生命を救えたことはもちろん嬉しかったし、この弩を作り出すのに要した月日と努力を思うと感無量でもあったから、わたしも戸惑いつつも笑顔でそれに応じたのだった。
 こうして見事に救助用具としての有効性を証明したことで弩とその発明者の評価はいっきに高まった。男たちはこぞってこの新奇な工夫を見聞すべくわたしの所へやってきたし、木材を加工するもちまえの優れた技量ぶりを発揮し、より優れた模倣品を制作する者も早くも現れはじめたのであった。図らずもわたしは遠方の物をたぐりよせるための新しい手段を森の住民の社会に供したらしいのだ。同時に長らく居住輪での生活を共にしているとはいえ、男たちの間にどこか遠来の客への遠慮があったのが、いまやようやく完全に仲間として受け入れてもらえるようになったように感じられた。さらに加えるに――いささかなりと恩を返せたなら喜ばしいとそのときは心から思ったのだが――わたしを部族に受け入れる決定をくだした族長とその息子アイカダの人望も以前にいやましてあがったのである。
 とはいえすべてが吉とはならぬのが人の世の常。この結末が後日別の種類の危険をまねきよせることになろうとは神ならぬ身のあずかり知らぬことであった。

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