いまの族長のサラキと前任者ワラムとは若い頃から互いに競い合ってきた。コドリガ乗りとして遠方へ旅することの多かったサラキは当時族長の座をワラムに譲らざるを得なかったのだが人望はむしろ彼にあった。ためにワラムは呪術師であるツマヤクに妹を嫁がせて村人に対して自らの威信を高めようと計った。できれば長老たちに顔のきくツマヤクの力をかりて息子カシギをつぎの族長にしたてたかったのだろう。しかしこの野心が悲劇をもたらした。ワラムの妹ロタはじつはサラキと公然の仲だったのだ。兄の強い意志に逆らえずやむなく呪術師の妻となったものの恋人を諦めきれず、やがてロタは密かに彼と通じあうようになっていた。 もともとイムカヒブの女たちはわれわれの社会の婦人たちほど貞操に関して神経質ではない。陰では村人たちの失笑を誘いこそすれ、ロタの行動は必ずしも背徳と呼ばれるほどのものではないのだが、しかし嫉妬や屈辱の思いは密林の住人も何ら文明人と変わるところはないのだ。収まらないのは不相応な若い妻をめとったツマヤクであった。まもなくロタは子供を宿したが、それがほんとうに自分の子か呪術師は疑ったのだ。猜疑の心は日々膨れあがり次第に彼を蝕み――そしてついにある夜ツマヤクは自らの若妻に堕胎の呪いをかけた……。 「しかしそれは確たる証拠のない話だろう?」 わたしの問いにオトネは首をふりいっそう声をひそめるようにして答えた。 「子供を堕してもらうときは呪術師に頼むから見れば誰であれその儀式だとわかる。間違いなく奴のせいでロタは流産したんだ。唯一計算違いは呪いの効き目が強すぎて母親もいっしょに死んじまったことさ。おかげでツマヤクのやったことは村中の知るところとなり、それ以来女という女は誰一人あいつに近づかなくなった……」 わたしは沈黙した。密林の呪術師はもとより木根草皮の知識に長けている。そのなかには種々の毒薬も含まれるし恐らく堕胎の目的で使われるものもあるに違いない。それを彼らは複雑な呪術儀式と一緒くたに用いる。そう考えれば確かにツマヤクが結果的に妻を殺した可能性は否定しきれない。しかし一方で話に面白おかしく尾ひれをつけて広めるのもまたイムカヒブの伝統文化なのだ……。 |