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イムカヒブ族とともに 30

高本淳

 

 その場に到着するやいなや男たちはヒアの細紐を取り出しふらふらになっているわたしを膝を両腕で抱く形で身動きできないように縛りあげ、大岩の表面のちょうどそんな姿勢をとった人間ひとりがすっぽり収まる窪みに固定した。このぬるぬるした穴が不快千万なのは乾いた血と思われる滲みで全体が黒く変質していることであった。常日頃この場所が何に使われているかは麻薬で嗅覚が鋭敏になっていなかったとしても容易にかぎわけられるだろう腐敗臭から想像することができた。つまりここは供犠を殺したり死者を『空葬』する際肉食動物が片づけやすくするため遺体を細かく切断する場所らしいのだ。
 頭が窪みの中にあるためまったく周囲を見まわすことはできず、以後わたしは耳をすませ男たちの気配をさぐりつつ、つぎにいったいどんな運命が待ちかまえているのか、悪臭と戒めにじっと耐えながら待つしかなくなった。
 やがて呪術師ツマヤクが甲高い声でなにやら謎めいた文言を唱えはじめた。どうやらそれは各種の精霊を招き寄せる秘儀に通じるものらしく、村人の歌には耳慣れたわたしも何を言っているかほとんど理解できなかった。ただ唯一『背負い籠』らしい言葉が繰り返し使われるのはからくも聞き取れた。おそらくこれは彼らの神話に登場するクアシルという女神の編み上げる籠のことだろう、とわたしは半ば麻痺した頭で考えた。故郷でのマキナ・イシュタルに相当する彼女は生まれてくる赤子を入れる『背負い籠』の材料になる蔦を連れ合いバルに用意するよう頼むのだが、彼が森中をまわってどんなに大量の蔦を集めても「まだ足りない」と文句を言うのだった。結局バルは世界中のすべての蔦をかき集め、それによってクアシルは巨大な『背負い籠』を編み上げる。すなわちこれが今日空の彼方に見える網目模様である、というのがイムカヒブの創世神話類型のひとつなのである。
 ともあれ呪文はえんえんとつづき、それにあわせてとりまく男たちもしだいに興奮して唱和し手を打ち鳴らしはじめた。わたしは見ることができなかったが彼らが細枝を左足の親指と人差し指ではさみ、残りの手足を空中でねじるようにして狂ったように踊りつづける姿を想像できた。
 不愉快なことに呪文の途中で幾度もツマヤクは手に持ったひょうたんから酒を口にふくみ、それをわたしめがけて霧のように吹きかけるのであった。時がたつにつれ次第にわたしの身体は幻覚性の酒によって濡れそぼってきたが両の手は細紐で堅くしばられているから一切ぬぐうことはできなかった。鼻や口を塞がれないように不自由な姿勢のままでそれを飲み干すほかなく、わたしはますます酩酊し、ほとんど意識を失い、しまいには呼吸するのさえやっとのありさまとなった。森にたどりついた最初の日に雨水で溺れかけた苦しみを嫌でも思い出させられ遅まきながらわたしは通過儀礼にまつわる儀式の危険性について認識をあらためざるをえなかった。
 最後にひとしきり大量の酒をふきかけて呪術師がひきさがると、入れ替わりに男たちが群がってきて縛られたままのわたしを窪みから引き上げた。つぎの瞬間、驚きさらに狼狽したことには今度は男たち全員があらかじめ腰に下げていたひょうたんの水を直接わたしにふりかけはじめたのである。みるみるうちに水はわたしの全身を覆いついには顔までがすっぽり厚い水の膜でおおわれてしまった。男たちはそのまま単調に呪文を詠唱しながら森の端に向かいすでに赤みを脱して白々と輝きはじめた陽光のなか、そうしていわば巨大な水滴に閉じこめられたわたしの身体を力いっぱい宙に放りだしたのである。


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