| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

イムカヒブ族とともに 34

高本淳

 

「ゆっくり喰うがいい。今、村は貧しくてこんなものしかないが……」
 族長のムズクハはそう言うとわたしの枕元に半分に切ったひょうたんの椀を置き、そして見張りのイクニにちらりと目をやるとあわただしく居住輪をでていった。わたしは痛む身体に思わず呻き声をあげつつ床からおきあがり――貧弱な芋がわずかに浮いているだけの水のように薄いスープを覗き込んだ。口に含むとイムカヒブ族との暮らしで薄味に慣れた味覚でさえまるで旨みが感じ取れないしろものだった。しかし虚空と、そして茂みのなかで雨露をすすりながら過ごした一日を思えば贅沢を言う気にはなれない。一気にそれを飲み干し、そして空腹はかえって強くなったようだった。ためいきをつきつつ掌で唇をぬぐい、髯におおわれ少し痩けた頬をなでつつ、わたしはこの過酷な一日半のことを端から思い返していた。
 奇跡のような幸運だったのだ。たまたま人に慣れた鏃鮫にであい、またそのあとさほどたたぬうちに彼らディング族の戦士たちに発見されたということは……。もしもっと時間がたっていたらわたしの身は深刻な状態に陥っていただろう。きつく縛り上げられた手足の血行が滞ったことで麻痺した感覚がもどるまでそれでもずいぶん時間がかかったからだ。
 貧弱な食事にくわえ、どこへ行くのにも見張りの戦士がつきまとっているとしても、ああして宙を漂っているのに比べれば天国にいるようなもの。とはいえ――ときおりきしみとともに揺れ動く居住輪を見渡しつつわたしは思った――少々疲弊の跡が目につく天国だ。イムカヒブ族のそれは床部分の重量を増し、また重みを均等に分散するため収穫した芋をつめた袋があちこちに積まれていたが、ここにはそうした光景は見られない。ムズクハの言うように確かにこの村は困窮しているようだ。陽射しがいちばん強くなる時間に人影がないのは、あるいは総出で密林で食料を調達するためなのかもしれない。
 立ち上がり、いまだ痺れの残る脚をかばいながらわたしは中心軸へ上る梯子を上った。イクニは格別制止するでもなくつき従ってくる。どうやらわたしの立場は客人と捕虜の中間といったところらしい。行動の自由はあるがつねに監視下に置かれている、ということなのだろう。
 外にでてみるとあらためてディングの村のかかえている困難が了解できた。間違いなく近い過去、大規模な火災にみまわれたのだ。村をとりまく木々の大部分が黒く焼け焦げていた。
「……悪霊が雷を落としたのさ」
 無口な見張りの男は気恥ずかしそうな微笑みを浮かべるばかりでなにひとつしゃべってはくれない。しかたなくあたりを探しまわってようやく見つけた別の村人――枯れ枝のような手足をした老婆はそう答えた。
「炎がいっきに一町ほど燃え上がった。ああなっちゃ、メンダクルワイにもとめられやしない。ようやく火が消えたときにはわたしらの土地の半分ほどが灰になっていたよ」
「畑もやられたのか?」
「火事はまぬがれたが――だめさ。いくら種芋を植えても端から枯れていってしまう。水が足りないんだ」
 なるほど、わたしはうなずいた。土地を潤すかの昆虫――メンダクルワイはこうした枯れた森にはそもそも住みつかない。これは浮遊する森林では深刻な事態を意味する。つまりこの土地ではあの奇跡的な生命による水の循環が断ち切られているというわけなのだ。


トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ