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イムカヒブ族とともに 37

高本淳

 

 話を漏れ聞くうちに状況がわかってきた。六人のコドリガ乗りたちが空中に投げ出されたということだ。水の乏しい村にとってたまさかに訪れる水球を見逃すわけにはいかず、以前イムカヒブの村で見たように捕獲の網をひきながら漕ぎ出した彼らだったが、貴重な資源を逃すまいという熱意がついトラブルにつながったのだ。
 四頭立ての船はスピードは出るが小回りをきかせるのは難しく、たぶん焦ったドゥク使いのひとりがいきを乱したのだろう、数本のロープが絡まってしまい互いにぶつかりあった鏃鮫たちは驚いてばらばらの方向に走りだした。こうなるともはや制御は不可能で通常ドゥク使いはそこで手綱を解き放ち、あらたにロチで鮫たちを集めるところからやりなおすしかない。しかし今回は折悪しくロープを腕にからめてしまったひとりが手綱ごと船から引きずり出されてしまったのだ。
 これは少ないながらまれに起こりうる事故であって、当のドゥク使いの面目は大いに損なわれるものの格別致命的なものではない。ふたたび船のコントロールをとりもどせば漂流している乗組員を容易に拾い上げることができるからだ。しかし、今回は運悪くべつの事故も同時に起こった。
 もともとコドリガはドゥクを手なずけるためロチを大量に積み込んでいる。この匂いはじつは野生の鮫たちにとっても抗しがたい魅力なのだ。しばしば獣たちは船の跡をついてまわり、隙があれば甘い蜜を掠め取ろうと虎視眈々と狙っている。そしてこれらの鮫たちのなかにはかなり大型のものも含まれるのである。
 とりわけオングと呼ばれる鮫はまれに体長が背丈十数人分におよぶ巨大な種類だ。ただ草食で大人しく動作も緩慢なことから船乗りたちはさして危険とは見なしていない。むしろ敬愛の念をこめオング=老人と呼ぶほどなのだが――その一匹がたまたま近くの茂みのなかで若葉をはみつつ潜んでいたのだった。図体のわりには気の小さな生き物であるから、普段なら船員たちは万一それが近寄ってきた際には身につけた瓢箪をうち鳴らし、あるいは船体を叩いて奇声を張り上げて追い払うことで事なきをえるのであるが、この時ばかりは全員の注意が漂い流されていく船員のほうにむいていて誰一人その背後からの接近に気づかなかった。
 鮫はロチを詰めた籠にいきなりかじりつき、そのために船体が大きく揺れ、不意をつかれた男たちはことごとく宙に投げ出されてしまったのだ。オングは籠目に歯がはさまった不快さに身をよじり、船はその拍子で大きく揺さぶられながらどんどん遠ざかってしまい、後にはなすすべなく漂う船員たちがとり残されたのであった。


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