帰りにふたたび些細なトラブルがあったものの、大して時間をとられることなくわれわれは無事村にたどりついた。もっともわたしにとってそれは事実上の幽閉が再開されたということにすぎなかったが……。 男たちは新旧二艘のコドリガを係留し仕留めた獲物を村の広場に引き入れると、ようやく安堵したらしく今回の不始末と、それを首尾良く挽回した冒険について互いに笑いかつ語り合いはじめた。惜しくも水球は逃したけれど代わりに立派なオングを得たことである程度うめあわせがついたのである。こののちこの巨大な鮫は解体され、食料と各種の生活のための材料とそして何より貴重な水を村にもたらすのだ。その体液は一滴も無駄にされることなく遠心力を利用して分離され、凝固した血液をふくむ固形分は食料に、そして上澄みの液体は蒸留され生活用水に、さらには最終的に畑への灌漑につかわれるはずである。くわえて変化の乏しい村の生活でこうした珍奇な体験はこの先何年ものあいだ退屈をまぎらわす格好の話題となって語り継がれることだろう。 ともあれ臨時に召集されたクルーはその場で解散し、わたしといえば影のようにつき従うイクニの存在をより強く背に感じつつ――あの見事な刀さばきを見せつけられてはそうならざるを得まい――ふたたび居住輪への道をたどったのだが、途中わたしはいまさっき手にいれた古びた帆布を再度検分してみた。 じつは森にたどりつく間際、老朽化したコドリガの帆が風にあおられ突然破れるというハプニングが起こったのだ。幸いほころびはわずかであったから応急修理をしたうえで男たちは無事航宙を続けることができた。しかしもはや耐久力の限界を超えた帆布は惜しまれつつ取り外され、その時の乗組員の人数分に切り分けられてひとりひとりに配られたのだ。古びたとはいえ緻密に織られた丈夫な布は過酷な力のかからぬ用途ならまだまだじゅうぶん使用に耐えるからである。 そうして吟味するうちわたしはこれは狩猟採集民によって生産されることのない貴重な布地であることをあらためて確認した。おそらく精密に組み立てられた機織り機なしには到底作り上げることは不可能だろう。もっともその繊維は無重力環境の植物に特有の優れた引っ張り強さを持っているから、思うにわたしの故郷のような「大地」の上の土地の産物でもあるまい。 それらが意味するのは「下空」を自在に航宙しこうした素材を手にいれられると同時に、巨大な帆布を生産できる高いテクノロジーをもつ国が存在するという事実である。わたしは考えた。もしそうした文明に接触することができれば――ふたたび故郷へ戻る道筋もあるいは見いだせるかもしれない……。 そうして子細にためつすがめつするうち、やがてわたしの心にひとつのイメージが形づくられてきた。そして、それこそがこの身に自由をもたらしうる素朴だが実用的なアイデアだったのである。
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