すぐそばにムズクハが浮かんでいることに気づいてわたしは作業の手をとめた。無重量の世界で人に忍び寄るのは容易い。頭上や足下の死角を利用できるし何より足音がしないからである。 「あんたが夢中でなにやら作っていると聞いてね」しばらく無言で見つめあったあとで村長は言った。「――いったい何をはじめたんだ? 枝六本を組み合わせ帆布を張ったもののようだが」 「怪しげにみえるかもしれないが邪悪な呪いの道具ってわけじゃないよ。むしろ村の窮状を救うのに役立つものさ」いかにも彼らの心配しそうなことを先取りしてわたしは答えた。「もうほとんど完成しているんだ……ちょっと待ってくれ」 もつれないように慎重に三本の糸をまきとったあとでわたしはムズクハと、そして朝から辛抱強くわたしの傍らにはべっているイクニにむかってうなずいた。 「さあてこれで準備はできた――いっしょに来るかい?」 尋ねるまでもなくふたりはわたしの後についてきた。なにしろ戦時捕虜が正体不明の怪しげなものを組み立てているのだから村長が用心するのは当然なのである。 「故郷では子供たちはよくこれで遊ぶんだ。もっとも形はぜんぜんちがう。最初試しに作ってみたのはぐるぐる回転するだけでまるで使い物にならなかった――こことは違って国ではものに重さがあるんでね」 彼らの警戒心を解くために常になくわたしは多弁だった。中断させられることなしになんとしてもこの試みを成功させたいからだ。 「長い尻尾は邪魔なだけだ。姿勢を安定させるにはただ風向きにたいして垂直でなおかつすべての方向に対称的な力がはたらくだけでいい。その目的にかなう一番単純な構造がこれだったのさ」 わたしは正四面体の骨組みの三面に帆布を貼り付けたそれをムズクハのほうににかかげた。迷信深い村長はあるいはひるんだかもしれないがそれをうまく隠していた。 「で――そんなものでどうやってわれわれの窮状を救う?」 「ものごとの価値は見た目じゃわからない。単純にみえるが――ほら、この三本の枝に結びつけた糸を手元で操作することで風を受ける面を傾けて好きな方向に誘導することができるんだ。コドリガ乗りが帆をあやつって風向きに対して舟を斜行させるのと同じ理屈だな」 「だから?」 「村長のあなたが立ち会っているのはいい機会だ」わたしは言った。「これから目の前で実際にやってみせよう」
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