森の端に突き出た枝先にそれぞれ糸を渡し二本の糸巻きを両手に持った。もうひとつはイクニに持ってもらい、わたしはゆっくりとそれを繰り出すように頼んだ。 「糸が絡まりやすいのがいまのところ最大の欠点でね。そのうち一人で操作できるように工夫するつもりだ――凧をあげるのにいちいちふたりがかりでやるわけにもいかないだろうから……」 「たこ……なんだって?」 「ああ、すまん……こいつは『凧』と国では呼ばれている。まれに実用的に使われることもあるけれど、もっぱら吉兆を占ったり風にのせて空高く――遥か離れた彼方に宙を泳がせる遊び道具さ。――イクニ、速すぎるぞ。もっとゆっくりやってくれ」 「おまえの故郷とやらの習慣はいちいち変わっているな。そんなことをしていったい何が面白い?」 「青空のなかをどこまでも遠く泳がしていくのが楽しいわけだよ。もっともわたしはあまり仲間内では上手なほうではなかっけれどね」 「手近な石を森の外にむかって押しやってやれば同じことだと思うがな」 言われてみればたしかに、凧揚げとは風にのって虚空を漂うという非日常の体験を擬似的に味わう遊びだと言えるだろう。だからこそそれは日頃大地に縛りつけられているわれわれを――子供も大人も――どこか惹きつける魅力をもっている。しかし逆にそれが日常である世界の住人にとっては、あの昂揚感とそれにともなう微かな落下への不安が理解できなくても当然かもしれない。ムズクハに対してあえてそれ以上説明しようと無駄な努力をはらうつもりはわたしにはなかった。 「まあ、それはとにかく……この工夫が役にたつところを見てもらおう。ちょうどいい雲がむこうを横切っていく。あれで試してみるつもりだ」 口で言うほど自信があるわけではなかったが、わたしは慣れぬ手つきのイクニにあれこれ指示しつつ手元の糸をあやつってなんとか凧を目的の雲の近くにもっていくことに成功した。手早く両方の糸巻きを手近な枝のからみ合った中に押し込みそれ以上解けないようにするとイクニのそれも受け取って同じように処置し、最後にほっと肩の力をぬきつつわたしは言った。 「これでいいはずだ。しばらくこのまま置いておこう」 「それで?」 村長の懐疑的な視線にわたしはあえて破顔で応じた。 「あとほんの一時待ってほしい。そうしたら種明かしをするよ」
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