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イムカヒブ族とともに 45

高本淳

 

 皮肉なことだが故郷への帰路を求めるべく挑戦したあの通過儀礼の結果、村でのわたしの暮らしぶりはずっと充実したものとなっていた。以前は長く彼らの中で過ごしながらもどうしても客人として遠慮せざるを得ぬ身内のみに許された領域が存在していたのだが、いまや名実ともに部族のひとりとして認められ、はれてそこへ足を踏み入れることが可能になったのだ。
  象徴的な死と新たな生まれ変わりにより(部族外の人間としてやむなく養子という形ではあるが)ナヤンの兄弟として同じ『マサク』氏族に属することとなったわたしは、今こうして自らの氏族だけが知りうる秘密の場所におもむき、獣よけの刺だらけの灌木を慎重にかきわけて貴重な財産である『ヨティレ』を取り出しながら強くそれを意識していた。この未開な者たちが抱いている出自の誇りと確かな存在感をともなう独特な自負の心持ちは文明人にはたぶん理解できないかもしれない。

 おそらくここで彼らの社会における氏族(クラン)について少し説明しておくべきだろう。ジャングルの民はすべて、狩猟採集のためのテリトリーごとの部族とはまたべつに生まれついた血統によってわかれる複数の氏族に属している。それらは――以前触れたと思うが――『メンダクルワイ』、『マサク』、『スプヘヤリ』、『ムキナ』の四大トーテムをみずからの神話的な始祖と見なすもので、それぞれ独特な義務やタブーをそれらの生き物に対して負っている。たとえば『マサク』氏族は航宙に必要不可欠な蜜を産するこの昆虫を――たとえどんなに手ひどく刺されようと――けっして殺してはならないのである。

 さてわたしは森のはずれにやってくると青空の中にナヤンの『舟』を探した。空は澄み渡っていて生来のイムカヒブ族のような驚異的な視力をもたぬわたしにもすぐにその小さな黒い十字を見つけることができた。間近で微かにまたたく輝きは『鏃鮫』の幅広くつややかなヒレが反射する陽光にちがいない。不在の間にも彼は自らの『ドゥク』の訓練をすすめていて、すでに数々の複雑な命令に従うまでに躾けていたのだった。若者はそのためにひとりで組み上げた小さな『コドリガ』の雛形を使ってより高度な訓練をはじめてさえいたのである。


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