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イムカヒブ族とともに 46

高本淳

 

「いっしょに乗ってみるかい?」
 ロチを手渡すわたしを舟上のナヤンが誘った。
「ふたりで乗ってだいじょうぶなのか?」
「まったく問題ないさ」若者はにっこりと笑った。「こいつにとって訓練は遊びなんだ。まだまだものたりなくてうずうずしているよ」
 心配しているのは鏃鮫のスタミナではなく一見不細工に作られた小舟の耐久性のほうだったのだが、あえて相手の勘違いをたださぬほうがよかろうと考えわたしは素直にうなずいた。
 手早く命綱を結び、将来にそなえた自分自身への訓練のためもあってわたしは自ら櫓こぎの役をかってでた。縦軸を長くとれぬ舟の大きさと無論わたしの未熟さのためムサの葉を結びつけた櫓を上手くあつかうまでにいささか慣れを要したものの、辛抱強い若者に手取り足取り教わったおかげで、ふたりは間もなく微風に吹かれつつ青空のただ中に浮かんでいた。
 「ハッシ!」
 ロチをかかげて舟のまわりを離れず飛び回っていたドゥクを呼び寄せ、その鼻面に曵き輪――オグ・トゥクイを装着したナヤンが一声そう叫ぶや、予想もしなかった力づよさで鮫は舟を曵きはじめた。
 それは以前ディングの戦士たちとオングを追って駆った四頭立てのコドリガと比べても遜色のない素晴らしい加速感であり、その心地よさにわたしは若者の唇にうかんでいるのと同じ歓喜の笑みを自分もまた浮かべていることに気づいた。
 遠洋航宙にむけ部族のもてる技術の忰をそそいで建造される本式の船と比べればかなり見栄えはおちるものの、彼の組み立てた船体は予想よりはるかにしっかりとしていた。思えばそれも当然で、もともとイムカヒブ族の男の子が最初にやる遊びは脱穀後のピアパと呼ばれる穀物の茎をヒアの細い繊維で結び合わせてつくった小さく軽いコドリガの模型を風に流して遊ぶ事なのだ。
 つまり彼は数えきれないぐらい舟を組み立ててきているのだった。それはわたしの故郷で武人にあこがれる子供らが互いに折りとった枝を剣にみたてて合戦ごっこに興じるのとまったく同じであろう。わたしも幼いころをふりかえればそうした遊びで仲間を打ち負かすことに胸ときめかしたこともあった。しかしいまあらためて自分が少年にもどったと想像してみたとき――事実イニシエーションによる再生を通じて象徴的にはわたしはいまや『少年』なのだろうが――奇妙なことにむしろこれら密林の民の遊びのほうを正直より身近に感じるのだ。
 いよいよ夢にまでみた故郷への帰還の旅へのとばくちに立ちながらも自分はもはや心身ともにイムカヒブ族になってしまっているのか、とわたしは青空の彼方を見つめつつ皮肉に考えていた。


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