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イムカヒブ族とともに 47

高本淳

 

「そこまで執着するってのはよほどいい女なんだね。 あんたの奥さんは」
 ナヤンと組んでわたしが航宙訓練に精を出していることはすでに村中に知れ渡っているのだからオトネの耳にはいらぬはずもない。彼女からすれば嬉々として村を出る準備をしているかに見えるのだろう、ポカラを受け取りつつ未練がましさをどこか含んだ目つきでそう尋ねてきた。
 ひとつため息をつき、最近かなりその数が増えたかも知れないと思いながらわたしは答えた。
「そういうことじゃない。責任があるんだ――その……」
 言いかけ、イムカヒブの言語にはそもそも『家族』という言葉がないことに遅まきながらわたしは気づいた。
「……たしかに妻や子のことも心配だが、国に帰りたい理由はそれだけじゃない――じつは極青の地にほうっておけない問題を置き去りにしてきていてね」
「『極青の地』……?」
「うん、あんたたちと同じくわたしの故郷では方位を六つに分け、それぞれを色の名前で区別してる。ただその六つはぜんぶひとつの平面上にある。大地――つまり居住輪の床のようなものなんだがはるかに大きい――に垂直なふたつの方向はつねに変わらないのでわれわれは方角とは考えていない。わかるかい? 
 それでその『青』の方位、王都からいちばん遠い辺境の『領土(ファセット)』がラスコーだ。そこは四六時中気温が低く土地もやせているから住民たちは農産物のかわりに『大翼』の肉や脂で税を支払う。そうした生活はどうしても不安定だから国王陛下のご配慮で税率も年ごとに変化するのだ。
 そもそもわたしがここにたどり着いたのも、彼らのすなどりの視察にやってきた徴税官を護衛していて不測の事態にまきこまれたからなんだが――いま思うとどうもそれはただの事故じゃなかったような気がする。ここで詳しくは言えないけれどひょっとしたら何やらよからぬ企みが背後で動いているのかもしれない。それがもし杞憂でないのなら、手遅れにならぬうちにある方に警告を伝えなければならないんだ……」
「……『税』って?」
 相手の顔がすっかり無表情になっているのを見て不意にわたしはそれ以上の説明は無駄だと悟った。
 「すまん――自分の考えを口にしていただけだ。気にしないでいい。いま言ったことはみんな忘れてくれ」
 あきらめることをわきまえた年増女の身振りで頭をふりふり去っていくオトネを眺め、ナヤンといた時に感じた一体感とは裏腹にわたしはいま、自分自身が所詮いつまでもイムカヒブではいられないだろうという予感を苦く噛み締めていた。


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