「火がでた! ――すぐに舟を停めろ!」 ナヤンの耳にそう怒鳴りつつわたしはもうもうと煙を吐く篭のところにむかった。ほとんど同時に若者も異変に気づきドゥクをはなしたのでコドリガはすぐに速度を失って風に吹かれ漂うだけとなった。 重さを欠いた環境での火災が持つやっかいさは故郷のそれとは多少違っている。つよい風によって新鮮な空気が供給されつづければそれはわれわれが知るようにあたりかまわず燃え広がる。しかしいったん風が止まると火は熾となり煙のなかでいつまでもくすぶりつづけるのだ。水の乏しい世界でこれがかなりやっかいな事態であることは説明するまでもない。 わたしがいま見ているのはまさにそれで、裂いた木皮で編まれた白い篭は今やすっぽりのたうつ漆黒の固まりに包み込まれていた。粘性の強い液体にも、あるいは不気味な軟体の生物にも見えるこの中に手を差し入れるのは少なからぬ勇気がいる――うっかり熾火を掴んでしまったら火傷はまぬがれないのだ。とはいえ万一船体の主軸に火がはいってまえば消火は非常に困難であるからほうっておくわけにはいかない。わたしは意を決して煙のなかに腕をさしいれて篭の蓋の結び目をさぐった。かたわらでナヤンが風をたてぬようにしずかに煙の固まりをすくうなか、まもなくわたしは火元と思われる幅広の葉でくるまれた包みをなんとか無事につかみ出した。 縛った紐を解いてひろげてみると中には奇妙な品々がある。すでに炭化した動物の骨や植物の実、あるいはなにか小さな動物の死骸らしきものなどなど――なにを意味するのか皆目見当もつかぬなか、いまだくすぶり燃え続ける小ぶりの筒だけはなんであるかすぐにわかった。イムカヒブの人々が細かく裂いた繊維の塊に火をともし内に収めて持ち歩く火起こしの道具である。 当惑して眺めている真っ黒に焦げた品々を一目見るなりナヤンは物も言わず恐ろしい勢いでその包みをわたしから奪い取ると船外に遠く投げ出したのだ。 「……いったいぜんたい何事だ? そもそも風にあたれば出火するとわかっているのになぜ種火のはいった荷物を舟に載せたりした?」 そう尋ねようとしてナヤンをふりむいたわたしは一瞬絶句した。若者はまるで重篤な病人のように血の気の失せた顔でわなわな震えていたのだ。 「呪われた……呪われた」 蒼白になった唇で彼は力なくそううわごとのようにつぶやきつづけていた。
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