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イムカヒブ族とともに 50

高本淳

 

 若者の異常な怯えようを見てようやくわたしもこれが不注意による失火ではなくあらかじめ何者かによって出航前に仕組まれたものであることが理解された。同時にその意味も――これこそがジャングルの民の間で最も恐れられている、煙に触れたものにやがて緩慢で苦痛にみちた死をもたらすという、あの『死の呪い』なのである。

 手をくだしたものをあえて問うまでもあるまい。こうした強力な呪術をあつかえるのは村にはただ一人しかいないのだ。呪術師ツマヤク――かの男がわたしに理不尽な敵意を抱いているのは残念ながらもはや間違いない。いま思えばあの通過儀礼の際わが生命をあやうく奪いかけた事故もまた奴の仕業だったのであろう。かつてオトネが警告してくれたとおり――その手で妻と子の生命を奪ってしまった呪術師のねじまがった心は自らの愚かしい猜疑心を悔やむかわりに族長をとりまく者たちへの終わる事のない憎しみを生み出してしまったようだ。

 たぶん文明人を自負する人々は牧歌的な自然のなかに暮らす素朴な密林の民がそうした鬱屈した怨念にとらわれるなど意外に感じるかもしれない。しかしそうした彼らと長く暮らしてわかったことは人間関係にまつわるやっかいごとは高度な技術や産業を持つか否かにかかわりなく、あらゆる社会に共通するものらしいということである。おのれの個人的な恨みつらみ、あるいはもっと実利的な権益や野心のため他人を陥れようとする企てはイムカヒブの村でも権謀術策のうずまくわれらの王宮と何らかわりはないのだ。そしてそれに心ならずも巻き込まれた者の運命もおそらくはまったく同じであろう。

 たしかに呪いそのものはわたしにとってせいぜい失笑をよぶ効果しかない。だが一方で相手はあらゆるジャングルの毒物にかんする知識に精通した呪術師なのだ。そうした彼が呪術の効果をより確実なものにするために他の有効かつ直接的な手段をともにもちいるのは多いにありそうなことなのである。わたしはちらりと篭のひとつに入った瓢箪を見た――ああした飲み水のなかに密かに致命的な毒を仕込むのはまったくもって簡単なのだ。

 とはいえわたしには子供だましにすぎぬ『呪い』も迷信深い村人にとってはそうではない。ナヤンの憔悴のしようは傍目にも痛々しいほどだった。武人として闘い功なく破れ打ちのめされた人々を目にする機会は幾度もあったわたしであるがこれほどまでに絶望した人間をかつて見たことがない。
 ナヤンはそののちまるで木偶のようになり、わたしはその力の抜けた身体を舟にしばりつけるようにしてひとり櫓を漕いで森へと戻らねばならなかった。


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