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イムカヒブ族とともに 51

高本淳

 

「ナヤンのことは残念だったな」
 ムサの葉から突き出た足場の上でロープの張り具合を確かめながらアイカダは沈痛な面持ちで言った。「ただ、あんたが煙に触れなかったのは不幸中の幸いだった。ノブジ」
 自分もまた『呪われた』ことをわたしはうちあけなかったのだ。友人たちに意味のない心配を与える必要はないと考えたからである。不運な若者が心を閉ざし一言もしゃべらなくなってしまった今、どうせ事実が知られることはないのだ。
「パクトルモリ(=死の呪い)を解く方法はないんだろうか? ツマヤクの狙いはわたしのはずで、ナヤンはたまたま運悪く巻き添えになっただけ――あいつには自分のかけた呪いを無効にする手段がきっとあるんじゃないか?」
「どうだろう――仮にできるとしても奴がああして居住輪にたてこもっている限り話のつけようもないだろう? だいたい呪術師を説得して言うとおりにさせることなどあんたやわたしを含めて村の誰にもできはしない」
 若者を連れ帰ったあと長老たちの住まいに押しかけ警護の男たちに手荒く放り出されたことを思い出しわたしは奥歯をかみしめた。とはいえ――つまるところすべてが馬鹿馬鹿しい空騒ぎにすぎないではないか!
「わたしはきみを聡明な男と見込んでいる。アイカダ……」回転する外枠にうまく脚をからめて帆の調整をする若者を見まもりながらわたしは言った。「そんなきみがあんな男を恐れているのがなんともじれったくてならない」
 ちらりとこちらを見、彼は苦笑を浮かべた。
「むやみに恐れているわけじゃない……しかし軽んじてもいないよ。ツマヤクが長老たちに強い影響力をもっていることは確かだし、村人たちは村人たちで災いよけの護符や病の治療で何かとあの男に頼っている。さまざまな儀式の際にも呪術師はかかせないしね」
「……やはり人間に善や悪をなすという『精霊』というものの存在をきみも信じているのか?」
 一瞬不意をうたれ当惑した表情のままロープを繰っていた彼はやがて一言づつ噛み締めるように答えた。
「……ぼくも『精霊』をこの目で実際に見たことはない。見たという話はよく聞くけどね。どこまで本当かはわかりはしない。祭りのときに飲む酒はそんなものを見せる効果があるわけだし。だが――それとはべつに『精霊』というものの存在を身近に感じる瞬間が人にはあるんじゃないかな、とは思う」
 手をとめ遠く続く空を眺めながら彼はつづけた。
「子供のときからずっと教えられてきたのはこうだ――世界は『精霊』で充ちている。あらゆる草木、昆虫、魚たちはみな『精霊』をやどしている。『精霊』は誕生とともに身体という器に入り、その器が砕けると故郷である空の彼方の神々の世界に戻っていく。だがたまに戻りそこね人々の身近にとどまりさまざまな災いをもたらす『悪霊』となるものもいる。……そういった教えのすべてが真実かどうかはぼくにはわからない。死んだものがもどってきたためしはないからね。
 でも――むかし長老のひとりがこんなことを言ったそうだ。『精霊』の存在を人は疑ってはいけない。もし『精霊』というものがなく人が肉を詰め込んだ革袋にすぎないのなら、人がそこからやってきた神々の世界もまたないってことだ。それは人として持つべき矜持も夢も誇りももはやないってことだ、とね。そんなからっぽな世界でいったいだれが日々呼吸をしものを食い生きていけるだろうか? とね」
 若者は白い歯を見せにこりと笑った。
「たしかにぼくらは単に肉を詰め込んだ革袋じゃない。もし『精霊』がそこに宿っていなければ――そもそも革袋は自分が革袋じゃないか、と疑うことすらしないんじゃないかな?」


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