ナヤンの姿はしだいに見るにたえないものとなりつつあった。暗がりにうずくまりほとんど飲み食いをしない彼は髪も梳らず身体も洗わないため動物じみた体臭すらただよわせている。これはイムカヒブ族の若者としては信じがたいほどあわれな有様であった。 文明人の先入観に反しておおよそ狩猟採集民は身体を清潔にたもっているものだ。まめにそうしなければ野生の暮らしでは遠からず皮膚病のたぐいをまねきかねないし、また自尊心と美意識がそれを許さないということもあるのであろう。彼らは男女を問わず自らを美しく飾り立てるのに多大な情熱をかたむけ、また各人の所有する財産にも著しい差はないから、その装飾には――たとえもっとも豊かな年長者と成人になりたての若者の間であってもわれわれの貴族と平民ほどの違いはない。むしろ文明国を自称するわが国の最下層の人々のほうがよほど不潔で見苦しいにちがいない。 そんな友の有様におおいに心を痛めていたある日、午睡のさなかふと気づけばその姿が居住輪のなかに見当たらないのだ。あるいはあまりに不潔になった自身に気づいて身体を清めに行ったのかもしれない。しかし漠然とした不安を感じたわたしは熟睡している男たちの間をそっとすりぬけて外へでてみた。 木々の間に人影を認めて近寄ってみるとそれは探している若者ではなくオトネである。どうやらわたし同様寝そびれたらしい。 「――ナヤンはここしばらく見てないね。なにか?」 「いや……どうってわけじゃない。姿が見えないからちょっと気になってね」 「このところよく寝られないのかい?」 質問というより身内を気遣う口調で彼女は言った。 「安心おし。あの呪術師ならしばらく村にもどってこないはずだよ」 「うん? ……どこへ行ったんだ?」 「さあ――行き先は知らない。とにかくつい先ほどあわただしく身なりを整えて出て行ったよ。ペニスサックをしっかり腰に縛りつけてね」 戦士がジャングルで長旅をするときの身ごしらえである。オトネの言うとおり数日以上村を離れるつもりなのだろう。それが意味するものを眉をひそめつつ考えていたわたしに小さく笑いながら彼女は言った。 「そこは陽がきついだろ。こっちにきたら?」 ナヤンの行方も気になったがツマヤクに対して今後いかに処するべきかゆっくり考えてもみたかった。誘われるまま枝をたぐって行くとそこは重なりあった葉影が外からの視線と陽光をさえぎりつつも風とおしの良い小さな空間である。 「気持ちいいだろ? わたしの秘密の場所さ」 わたしはうなずいた。プライバシーのない生活にはこういう『隠れ家』が必要なのだ。 「いいところだ。しかし、わたしなんかに教えてしまっていいのかい?」 「いいさ」わたしが隣にすべりこむと微かに自嘲の感じられる声で彼女はつづけた。「……以前は、いつまでもそばに残って欲しいとも願っていたけど――ノブジ、たぶんあんたはなるべくはやくこの村をでたほうがいいのかもしれないね」 「オトネ。あの呪術師だが、いったい――」 そう問いかけたわたしの口を不意にのばした指で押さえ彼女はささやいた。 「遠くへ行ってしまうまえに……どう? まだわたしを抱こうという気にはならない?」
|