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イムカヒブ族とともに 53

高本淳

 

 左の足首をひっぱられた気がして目が覚めた。だれかにしがみつかれたままなぜか虚空に浮いている。
 すぐにすべてが思い出された。すこしばつの悪い思いで背中に手をまわし結び目をさぐる。ふたりをつなぎとめた紐は片手で簡単にほどけた。
 左足首の結び目もそのうちの一本を引くことではらりと解ける。縄結びの技術についてならイムカヒブ族は小さな子供ですらわが国のだれよりも巧みだ――オトネが自らの腰に巻きつけていた飾り紐を驚くほど素早く、しかも優雅な所作でこうして結んだのを思い出しつつ――ぐっすり眠っている彼女の足首にそっと結びつけてやる。
 ここしばらくツマヤクからわたしを守るべく不眠で目をひからせてでもいたのだろうか?  ありそうなことであるし、だとすればこの女のふるまいは異邦から来た男への好奇心というだけではなく真情から出たものということだ。

 寝顔だからなおさらそうなのだろうが、故郷の女たちに比べオトネは年齢よりはるかに若く見える。これはジャングルの民全体に言えることで、おそらく重さを欠いた環境がしわやたるみという外見の衰えを緩和するためだろう。
  女の寝顔を見ながらそんなことを考えていると、いまさらながら心が揺れる。このままイムカヒブ族の一員として生涯を送ることもできない相談ではないのだ。ぎゃくにこの先国にまいもどることが仮に可能だとしても何年先になるかわかりはしない。
 故郷の妻子はまず間違いなくわたしが死んだものと考えているはずだ。わずかな蓄えはあるにせよ女ひとりで息子たちを育てるのは容易ではあるまい。すでにべつの男と暮らしているとしてもとがめることはできない。
 とはいえ――わたしは迷う心に鞭うった――戦士として生命あるかぎり国王への忠誠をないがしろにはできない。 そしてわたしを虚空に放り出したあの出来事がもし単なる事故でなく何者かによる企みであったとしたら――その陰謀は王国全体をまきこむものでありうるし、わたしにはそれを防ぎとめる義務があるのだ。

 村のざわめきがふと耳にふれてわたしは物思いからわれにかえった。すでに『午睡』の時間はとっくにすぎているはずだ。目覚めたときから人々の声が微かに聞こえていたのだが、そこにふくまれる緊張感が常ならぬものであることにたったいま気づいたのだ。
「何かあったのか?」 
 身支度を整えオトネを起こさぬようそっと茂みから這い出したわたしは最初に見かけた村の男に声をかけた。
「死んでいたらしい」
「え?  ……いったい何のはなしだ?」
 問われてふりむいた相手はわたしと認めて一瞬戸惑った表情をし、やがてためらいがちに小声でつづけた。
「ナヤンさ――狩りに出た仲間が森の端であいつを――遺体をみつけたそうだ」


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