タウヤヘを先頭に男たちが森から姿をあらわした。中程のふたりが白い帆布につつまれた長細い包みを運んでいる――狩りの獲物を運び込む姿にも似た行列を、しかし喜びとは正反対の表情で村人たちが迎えている。だれからともなく鎮魂の歌がはじまりやがて全員が唱和する。オトネもどこかで見ているはずだ。しかしわたしたちがのんびり愛をかわしている間にかけがえのない友が自らの命を断ったことを考えれば、いま彼女と顔をあわせる気持ちにはなれなかった。 あのとき、いつもコドリガをおいているあの場所で、ひさしぶりに甘い褒美をもらえる期待にはしゃいでいただろうドゥクの曵き紐を――自らを木に縛りつけた上でナヤンはおのれの首に固く結んだのだ。そして若者はロチを放り投げた。ともに幾たびも漕ぎだしたあの青空にむかって……。 いまにして思えばあの訓練の日々こそがこの密林にたどりついてはじめて心から楽しめた時間だったかもしれない。故郷を遠く離れひとり異邦に暮らすことを余儀なくされた身の上をかの純朴な青年の笑顔がどれほど癒してくれていたか、失ってはじめて痛いほどに感じたのである。そしてまた深く悔いてもいた。なぜもっと言葉をつくし「死の呪い」など根拠のない迷信であると彼を説得しようと努めなかったのか――そうした暗示を実効あるものとするのはただ恐れの心のみにすぎない、と……。 遅きにすぎたが、ようやく呪術師のまがまがしい企てがわたしにも了解されたのだ。あのコドリガに仕掛けた罠は直接わたしを狙ったものではなかった。その目的は素朴な青年に『呪い』の暗示をかけ、こうして自ら死を選ぶようしむけること――そうすればわたしが友の復讐のため挑んでくるだろうことを奴は計算しつくしていたのだ。 最終的におのれは森に隠れ潜み万全の準備をととのえる――必ずや彼を捜しに来るであろうわたしを返り討つために――。なぜならイムカヒブ族には火葬や埋葬の習慣はないのだ。われわれから見ると野蛮の極みに感じられるが、種族の者の遺体はすべてかの聖地の岩――『言葉にならぬほど大昔から生きているばあさん』の上で細かく切り刻まれたのち森の生き物たちに供されるのである。そしてもちろんこの儀式に呪術師は不可欠であるから――ナヤンを弔うためにはいずれだれかがツマヤクをさがしにいかねばならない。こうしてわたしの首枷にはかの屠殺人のもとに引き寄せる綱が二重に結びつけられたわけである。 ふと気がつくとわたしの近くから人の姿が消えていた。押さえきれぬ憤りが村人にも感じとれたのだろう。たぶんわたしの顔は悪鬼のごとくに蒼ざめているにちがいない。ホギ――こうした心の底からの憤怒は恐れとともに畏敬を込めてそう呼ばれ、イムカヒブ族はそうした状態にある者に進んでかかわろうとはしないのである。 しかしさすがに明日の族長の座をみなから望まれるだけあってアイカダはそうした相手にも臆することなく語りかけてくる。 「もしもツマヤクを殺してしまったら? それは少しややこしい事態だな」 ようやく引き出したわたしの反問にアイカダは当惑気味に答えた。 「あの男が族長以上に恐れられているのはその呪術が無敵だと信じられているから。だからあえてだれも呪術師に挑戦しようとは思わない。彼が一対一の闘いで破れるなんて村のだれも想像したこともないだろうな」 「ぼくは呪術などすこしも怖くはない」 「なるほどきみは異国の生まれだから、そのとおりなのかもしれない。だが――それでもやめたほうがいい。自ら生命を捨てにいくようなもんだぞ。考えてみろ。地の利は圧倒的にむこうにある。奴はこのあたりの森は知り尽くしているんだ。悪い事はいわない。いまは我慢してほかの者に代わってもらえ」 「それでも行かなきゃならないんだ。武人としてね。奴はぼくの無二の親友を殺した」 「だが、どうやって呪術師のウクチ(――以前言ったようにこれは『呪詛』と『毒』の両方を指し示す言葉である――)と戦う?」 わたしは黙って弩を持ち上げてみせた。 「そんな騒々しい武器が役にたつと本気で思ってるのか? 森のなかで?」 「吹き矢の技量は奴のほうが数段上だ。だとしたら無理を承知でこれでやるしかないのさ」 わたしの決心がゆるぎそうもないと悟ってアイカダはため息をついた。 「……それで百歩ゆずって、仮にあんたが勝てたとして――ナヤンの弔いはどうするつもりだ? 」 「ディングの族長は多少の恩義をぼくに感じてるはずだ。あっちの呪術師を一時的に貸してもらえないか交渉してみる」 もはやこの聡明な若者も困惑気味に首をふるしかなかった。
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