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イムカヒブ族とともに 55
高本淳

 絡み合った木々で日射しを遮られる森の深部は永遠の暗がりによって支配されている。そこは死者の国であり悪霊のさまよう領域としてジャングルの民はけっして足を踏み入れようとはしない。
 しかしそうした常闇が切り裂かれることがまれにある。漂う無数の岩たちのひとつがジャングルに飛び込んでくることは−−わたし自身かつて身をもって証明したごとく−−想像する以上の頻度であるのである。

 ゆっくりした速度での衝突、あるいはごく小さな岩塊によるそれは密集した葉と枝々によってただちに停められてしまう。しかし大きな速度で突入してくる巨大な岩塊は森の深部に至る長大な穴をうがつ。
 いまわたしが辿っている空間もまた−−おそらくは数百年前の−−そうした衝突が造り出したものだ。縦穴のはるか底に見える岩塊自体は木々の根に抱きとめられすでに深緑色に苔むしている。おそらく「言葉にならぬほど大昔から生きているばあさん」と同じぐらい遠い時代に落ちてきたものだろう。

 長い年月の間休みなく浸食する植物の根の力によってそれはゆっくりと砕かれていく。数千年を経るのちには細かな細石となり土壌となってそれは運んできた貴重な鉱物質を人間を含むジャングルの生命すべてのために提供するのである。

 伝え聞いた話ではかつて人がべつの世界に暮らしていた数えようもないほど昔、人の住まう土地がことごとく膨大な水に浸された時代があったという。何より水が貴重であり、大掛かりな装置によって雲から搾り取ることでからくもそれを得る暮らしからすれば、ひたすら荒唐無稽な法螺話としか思えないのだが−−王立古文書院の碩学たちの言葉を信じるなら確かに遥かな過去から語りつながれてきたそうした記録が残っているらしい。

 いま暗緑色の薄明かりに満たされた巨大な空洞を漂いながら、わたしは自分が神秘的な力でそうした太古の洪水の世界に突然連れ戻されたかのような錯覚を覚えていた。
 枝葉をそよとざわめかす風もなく周囲はひんやりと重々しい湿気でみたされている。枝々の背後は漆黒の闇に沈み、目をこらせばからくも巨大な影がわずかに身動くのを見て取ることができる。いっぽうで苔むした樹皮を這い回るのは手のひらに乗らぬほど大きい色あざやかな軟体動物たち。それらはしばしば粘液質の襞を翼のように広げ空中を踊るようにはばたきもする。そしてそれらを狙って稲妻のように飛び交う紡錘形の飛翔生物−−あるいはここは幾ひろものみなぞこの深みかもしれない。

 そのさらなる深みへと生ける洞穴の壁をたどりつつ、しかしわたしは周囲のわずかな気配をも察すべく全身の神経を尖らせていた。こうした開けた空間にさらした身に音もなく飛来する毒の吹き針は致命的な脅威となるからだ。

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