長引けば長引くほど闘いが不利になることはわかっていた。相手はこちらの姿を見ることができるがわたしにはできない。かの呪術師はこの場を一時退いて隠し場所のひとつに行き食料や飲料水を補給することもできる。一方わたしはそれを知るすべがないし、森のなかではどこから攻撃されるかもわからないゆえに一歩たりとこの場所を離れることができない。そういう具合に追いつめられ張りつめていなければならない精神は遅かれ早かれ疲弊してしまうだろう。
危険だがここで手を打っておくべきだとわたしは決心した。もとはといえば不注意に相手の鳴り子の罠に踏み込んでしまったこちらの油断がいまのこの窮地をまねいたのである。劣勢を挽回するためには迷っている場合ではなかった。
大きく息を吸い岩に背をつけたわたしは無駄な力を身体からぬいた。どうやら相手はわたしのこの弩をかなり恐れているようだ。静寂がふたたび戻り微かな音をかきけすものがない以上、敵は容易には攻撃をしかけてはこられないはずだ。
森は薄暗く、イムカヒブ族の入れ墨は薮の明暗とまぎれてすぐれたカムフラージュの効果を発揮する。呪術師の姿を捜すことはおそらく無駄なことだろう。頼りになるのは自らの聴覚のみ−−そうわりきってわたしは両の目を閉じた。じゅうぶん頃合いを見計らい、わずかに右手を顎の高さほどになるようにしておよがせてみる。
じつはこれは重さを欠いた世界で眠りに落ちる者の独特の姿勢なのである。果たして長く待つまでもなく研ぎすませた耳に矢筒に息を吹き込むときのフッという微かな音が聞こえた。
間髪を入れず身をひねって毒矢をかわすとともにわたしは弩矢を音の聞こえた方向にむけて放った。
茂みの葉を騒がす矢音にまじって「ひっ!」という声がはっきり耳に聞こえた。しかしそれは苦痛ではなく驚愕のために思わず発せられた悲鳴と思われた。矢をつがえつつ敵が潜むと思われるあたりをうかがうが、再びさわぎだした密林の生物たちの鳴き声が呪術師の気配をそれっきりかき消してしまった。
残念ながら仕損じたようだ−−だが、ともあれこんどはこちらが一泡吹かせてやったわけだ。してやったりとわたしは微笑んだ。以後こちらが疲労のあまりうっかり眠りに落ちたときも相手は策略かもしれないと疑うことで攻撃を躊躇うかもしれない……。
しかし、わたしの勝利の微笑も、つぎの瞬間にははかなく消え去ることとなった。
どうやらこの森が浮遊する雲のひとつと遭遇したのだろう。遠くの木々が灰色の霞のなかでぼやけるとともに渦巻く霧がこの空隙に流れ込みはじめたのである。
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