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星間戦争

上巻:火星人の襲来
第5章 熱線

H. G. Wells / 中条卓訳

火星人たちが乗ってきた円筒の中から出てくるのをかいま見た後、私は何かに魅入られたように動けなくなってしまった。私は膝までヒースに埋もれながら立ちつくし、火星人たちの姿を遮っている丘の方を見つめていた。私の中では恐怖と好奇心とが争っていた。

私は砂掘場まで戻る気にはならなかったが、そこをのぞき見たいという熱情にも似た欲求をおぼえた。そこで私はどこか勝手の良い場所はないかと大きな弧を描きつつ歩きはじめたが、その間も我らが地球への新来者が潜んでいる砂山からは目を離さなかった。一瞬、黒くて細い革ムチめいたものが数本、タコの足のように夕日の中できらめいたかと思うとすぐに引っ込み、その後には細い竿のようなものが次々と継ぎ目を伸ばして立ち上がったが、そのてっぺんにはぐらぐらと揺れながら回転する円盤が支えられていた。いったい何が起きているのだろうか?

見物人たちはいくつかに分かれていて、ウォーキング方面にひとかたまり、残りはチョバム方面といったぐあいだった。明らかに彼らも私と同じ葛藤を覚えているらしかった。私のそばにはほとんど人がいなかったが、ひとりの男に近づいてみると名前こそ知らないが近所の人だったので、話しかけてみた。とはいえとても筋の通った会話ができるような状況ではなかった。

「なんて醜いけだものだ!」彼は言った。「なんてこった!なんと醜いけだものじゃないか!」男は何度も繰り返した。

「穴の中で誰か見たかね?」と私は尋ねたが、彼はこれには答えなかった。私たちは黙り込み、しばらくの間並んで穴の方を見つめながら、お互い仲間がいることでいくばくかの慰めを得ていた。それから私は1ヤードかそれ以上盛り上がった小さな塚へと移動した。男の姿を探すと、ウォーキングに向かって歩いていくところだった。

それ以上何も起こらないまま日は沈み、夕闇が迫ってきた。左手遠方のウォーキング方面では人の数が増えたようで、かすかな呟きが聞こえてきたが、チョバム方面にいた人々は散り散りになっていた。砂掘場では何も動く気配がなかった。

このことが他の何にも増して人々に勇気を与え、ウォーキングから新たに見物人がやってきたことも皆の自信を回復するのに役立ったようだ。いずれにしても宵闇が深まるにつれて、人々はゆっくりと、時に立ち止まりながら砂掘場へと動き始めたが、円筒を囲む静寂が破られないとみて動きはさらに早まったようだった。直立する影が二つ三つ、そろそろと進んでは立ち止まり、じっと眺めては再び前進しながら細く不規則な三日月形に広がっていき、その細くなった両端はやがて砂掘場を囲みそうだった。私もまたこっそりと砂掘場に向かって移動し始めた。

やがて御者やら何やら数人が大胆にも砂掘場に踏み込んでいくのが見え、ひずめや車輪の響きが聞こえてきた。ひとりの若者がリンゴを積んだ手押し車をころがしていた。ホーセルの方角からは数人の黒い人影が砂掘場まで30ヤードというところまで進んできたが、その先頭は白い旗を振っていた。

代表団だった。大急ぎで評議が行われ、火星人たちはその胸の悪くなるような見かけによらず知的生命体なのは明らかであるから、信号を発しながら接近して我々人類もまた知性を持っているのを示そうということになったのだった。

旗は大きく振られていた。最初は右へ、それから左へ。私のいるところからでは遠すぎて誰も見分けられなかったが、後にわかったところではオギルビーにステント、それにヘンダーソンらがこの交信の試みに参加していた。この少数のグループが前進するにつれて、今やほぼ完全な円となった人々の輪が内側へといわば引き込まれつつあり、ぼんやりとした黒い大勢の人影が慎重に距離を置きながら後をついて行くのだった。

突然、閃光がきらめき、砂掘場から緑色の光を帯びた大量の煙が三度、次から次へと風のない空中へまっすぐに吹き上がった。

この煙(というよりも恐らくは炎と呼ぶのが適切かも知れない)は極めて強い光を放ったため、頭上の紺青の空とチャートシー方面に広がる褐色の共有地は黒い松の木ともども、煙が上がったとたん急に暗くかげったように思われ、煙が散った後も暗いままだった。それと同時にかすかなしゅっしゅっという音が聞こえてきた。

砂掘場の向こうでは先頭に白旗を掲げて小さな楔の形をとった集団がこの現象を見て立ち止まり、黒い地面から垂直に立つ小さな影として認められた。緑の煙が上がると彼らの顔は青みがかった緑色に染まり、やがて再び闇に消えた。やがてしゅっしゅっという音はゆっくりとぶんぶんという音に、さらには長くて騒がしいどろどろという音に変わった。砂掘場からは徐々にこぶのある姿が立ち上がり、かすかな光線がそこからまたたいたようだった。

そのとたんに散開していた人々が次々に燃え上がり、ぎらぎらとした光を発した。まるで目に見えない噴射が彼らを襲い、白い炎となって燃え上がったようだった。男たちはあたかも一瞬にして炎に変えられてしまったように見えた。

やがて自らを焼き尽くす炎に照らされながら人々がよろめき倒れるのが見え、それを助けようとした人たちも向きを変えて逃げ出した。

私は呆然と立ちつくし、遠方の集団がひとりまたひとりと死んでいるのだということを理解できずにいた。何かとてつもなく奇妙なことが起きているとしか感じられなかった。ほとんど音を立てずに目もくらむような閃光が走ったかと思うと、次の瞬間には人間がばったりと倒れて動かなくなるのだ。目に見えない熱線を浴びて松の木が燃え上がり、鈍い衝撃音とともに乾いたハリエニシダの茂みがいずれも炎に包まれた。はるか彼方のナップヒルのあたりでは木々と生け垣と木造建築が突然火を吹くのが見えた。

死の炎、不可視にして不可避なる熱の剣が素早く確実に円を描きながらあたりを一掃しつつあった。熱線を受けて閃光を発する茂みの様子から、そいつが近づいてくるのがわかったが、私は驚きに打たれてふぬけのようになっていたので身じろぐこともできなかった。砂掘場でぱちぱちと火がはぜる音がしたかと思うと突然馬が悲鳴を上げ、その悲鳴は同じく突然に止んだ。それから、まるで目には見えないが強烈に熱せられた指が私と火星人とを隔てるヒースの茂みに線を引いたかのように、砂掘場を囲む曲線に沿って暗い地面が煙を上げひび割れた。左手のどこか遠く、ウォーキング駅からの道が共有地に開けるあたりで何かが音を立てて倒れた。じきにしゅっしゅっという音もぶんぶんという音も止んで、黒いドームのような物体はゆっくりと穴の中に消えた。

何もかもがあんまり急だったので、私は閃光に目を眩まされ、ものも言えずに立ちつくしていた。死の熱線が完全な円を描いていたなら、私は驚きに打たれたまま死んでいたことだろう。だが熱線は私をそれて通り過ぎ、後には見慣れぬ真っ暗な夜だけが残った。

ゆるやかに起伏する共有地は今やほとんど漆黒といっていいほど暗く、車道のあたりだけが宵闇迫る紺青の空の下でほの白く見えていた。夜は暗く、唐突に人っ子ひとりいなくなっていた。頭上には星が現れ始めていたが、西の空はまだほのかに明るく、ほとんど緑がかった青色だった。松の木の梢とホーセル駅の屋根が西からの残照を背にして鋭く黒い影を見せていた。もはや火星人も彼らの装置もまったく見えなくなっていて、残っているのはあの細い柱だけ、その上では彼らの鏡が落ちつきなく揺れ動いている。そこここに点在する茂みやぽつんと残った木々がまだ煙を上げながら燃えていて、ウォーキング駅方面の家々は細く尖った炎を静かな夜気へと噴き上げていた。

それらの炎と恐るべき驚愕を除けば何も変わっていなかった。白旗を掲げた数人の黒い人影は消え去り、夜の静けさはほとんど乱されていないように私には思われた。

この暗い共有地に助けもなく身を守るすべもなく、私はたったひとりきりなのだと気づいた。突然、まるで外から降りかかる何物かのように、恐怖が襲ってきた。

やっとの思いで私は身を翻し、つまずきながらヒースの茂みを駆け抜けた。

私が感じていたものは説明のつかないパニックめいた恐怖で、火星人だけでなく、黄昏もあたりの静けささえも恐ろしかった。あまりに取り乱していたため、私は子供のように声を立てずに泣きながら走っていた。いったん背を向けてしまったら、もはや後ろを見る勇気はなかった。今でも覚えているが、そのとき自分はもてあそばれているんだ、安全圏まであと一歩というところで、この謎めいた死が、まるで光のように速やかに円筒を囲む砂掘場から飛びかかってきて私を打ちのめすのだという尋常ならぬ確信が私をとらえて放さなかった。

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