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星間戦争

下巻:火星人占領下の地球
第1章 足下に(承前)

H. G. Wells / 中条卓訳

この2度目の出発は私が取ってきた行動の中でも一番向こう見ずなことではあった。火星人たちがあたりをうろついているのは明らかだったからである。副牧師が追いついてきたかと思うまもなく、前に見かけた戦闘機械か、あるいは別の1体がキュー・ロッジの方角へ牧草地を横切っていくのが見えた。4つか5つの黒い人影がその前方で灰緑色の野原を急いで渡ろうとしていたのだが、やがてこの火星人がその人々を追っているのだとわかった。火星人は3歩で追いつき、人々は散り散りに走った。火星人は熱線は使わずに、ひとりずつつまみ上げていった。どうやら労働者が肩に掛けるかごみたいにその背中から突き出ている巨大な金属製の荷台に放り込んでいるようだ。

そのとき初めて私は、打ち負かした人類を根絶する以外にも火星人たちが何かもくろんでいるのではないかと気づいた。私たちはしばらく身動きできずに立ち尽くしていたが、やがて踵を返して背後の扉を抜け、塀に囲まれた庭園に逃げ込むと、溝があったのを幸いその中へ転げ込み、星が瞬きはじめるまでそこに横たわったまま互いにささやき合おうともしなかった。

私たちが勇を鼓してまた動き出したのは11時近くなってからではなかったかと思う。もはや道路に出ようとはせず、そこら中にうようよいそうな火星人たちに出くわさぬよう、副牧師は右側、私は左側の闇を透かして油断なく見張りながら生垣の列に沿い、あるいは菜園を抜けてしのび歩いた。あるときは焼けこげて黒ずんだ土地が冷えて灰になりかけているところに出くわしたが、そこに転がっていたたくさんの兵士たちの死体は頭と胴体が無惨に焼けているのに、足と長靴はほとんど無傷なのだった。馬の死骸もあった。それは破裂した4門の大砲と粉々に吹き飛んだ弾薬が並んだ列から50フィートほど下がったあたりのことだった。

シーンは破壊を免れたようだったが、ひっそりとして人気がなかった。ここでは死体に出くわすこともなかったが、夜闇が濃くて脇道までは見通せなかった。連れが突然ふらつきと渇きを訴えだしたので、試しに一軒の家に入ってみることにした。

最初の家は窓から入り込むのがちょっとやっかいだった。半独立式の小さな住宅で、食べられるものといえばかびの生えたチーズしか残っていなかった。それでも飲み水はあったし、私は次の家に侵入する際に役立ちそうな手斧を手に入れた。

やがてモートレイクへと道が転じているところに出た。そこには塀で囲まれた庭付きの白い家が建っていて、この住宅の食料貯蔵室で我々は蓄えてあった食料を見つけた―皿に盛ったパン2斤、未調理のステーキ、それにハムの塊が半分。私がこんなに正確な目録を書いておくのは、我々がこのあと2週間というもの、この蓄えで露命をつなぐ羽目になったからである。棚の下にはビール瓶が何本か立ててあり、インゲン豆が2袋、それにしなびたレタスがいくつかあった。食料貯蔵室は一種の洗い場付き調理室に続いていて、そこには薪があった。食器戸棚もあって、1ダースほどのブルゴーニュ産ワインや缶詰のスープに鮭缶、それにビスケットも2缶見つかった。

私たちは隣の調理室へ入って座り込むと、明かりをつける気にはなれなかったので、暗がりの中でパンとハムを食べ、一本の瓶を分け合ってビールを飲んだ。相変わらず臆病で落ち着きのない副牧師が妙に先を急ごうとしたので、私は今はとにかく食い物を腹に入れて力を蓄えるときだと説得していた。私たちをその場に閉じこめた事件が起きたのはまさにその時だったのだ。

「まだ真夜中じゃあるまい」と私が言ったその瞬間、まばゆいばかりの緑色の閃光が炸裂した。調理室に置いてあった何もかもがしまってある場所から飛び出すのが緑色の光の中ではっきりと見え、それからまた闇に沈んだ。やがて後にも先にも聞いたことのないような強烈な衝撃音が襲ってきた。ほとんど同時に背後でどさっという音がしたかと思うとガラスが割れ、まわり中の煉瓦が崩れ落ち、天井のしっくいが無数の破片となって頭上に落ちてきた。私は床に倒れる拍子に天火の取っ手に頭をぶつけ、気を失ってしまった。副牧師が言うにはずいぶん長いこと人事不省だったらしい。気づいたのはまたしても闇の中で、副牧師が水で私の額を湿しているところだった。彼の顔も濡れていたが、それは額の切り傷から流れ出した血のせいだというのが後でわかった。

何が起きたのかとっさには思い出せなかったが、次第に状況が飲み込めてきた。こめかみにできた打ち身が雄弁に事態を物語っていた。

「気分はどうですか?」副牧師がささやき声で尋ねた。

やっとのことで返事をすると私は起きあがった。

「動いちゃいけません」と彼は言った。「食器棚から落ちて割れた食器の破片で足の踏み場がないんです。動いたらきっと音がしますよ。連中が外にいるみたいなんです」

私たちは声を殺して座っていたので、互いの呼吸が聞こえるほどだった。すべてがひっそりと静まりかえっていたが、そのうち私たちのそばで壁土か壊れた煉瓦のかけらか、何かそういったものが滑り落ちて音を立てた。建物のすぐ外から、がらがらという金属的な音が時折響いてくる。

「あの音です!」副牧師が言ったかと思うとまた同じ音が聞こえてきた。

「うん、聞こえる」私は言った。「でも何の音だい?」

「火星人ですよ!」副牧師は言った。

私は再び耳をすました。

「熱線ではなさそうだ」と言いながら私は巨大な戦闘機械の1体がこの家屋を踏みつぶしたのではないかと考えていた。前にシェパートン教会の塔にぶつかったやつみたいに。

私たちの置かれていた状況はなんとも奇妙で把握しがたく、夜明けが訪れるまでの3,4時間というもの、私たちは身じろぎもしなかった。ようやく日の光が差し込んできたのは窓からではなく、背後の壁が崩れてできた煉瓦の山と梁との間に生じた三角形の隙間からだった。調理室の内部が初めてぼんやりと見えてきた。

庭土の塊が窓を押し破り、我々が座っていたテーブルの上からあふれて足下に積もっていた。外では家の壁沿いに高いところまで土が盛り上がっているようで、根こぎになった排水管が窓枠のてっぺんあたりに見えた。床には粉々になった食器が散らばっていた。母屋に通じる調理室の端が壊れてそこから陽光が入り込んでいることから察するに、この家の残りの部分はほとんど崩壊してしまったようだった。残骸の中で異彩を放っていたのは流行の薄緑色に塗装されたこぎれいな食器戸棚で、銅や錫製の容器がその下にいくつか転がっていて、青と白とのタイルを模した壁紙やら色刷りの新聞付録が調理用レンジの上の壁でひらひらとはためいていた。

夜が明けるにつれて壁の隙間越しに火星人の姿がはっきりと見えてきたが、その向こうにはまだ光を発している円筒が見えていて、見張りに立っているものと思われた。これを見た我々はできるかぎりこっそりと調理室の薄暗がりから真っ暗な食器洗い室へと這い出した。

ふいに真相に思い至った。

「5番目の円筒だよ」私は囁いた。「火星からの第5弾がこの家にぶつかって私たちを廃墟の下に埋めてしまったんだ!」

副牧師はしばらく黙っていたが、やがて囁いた。

「神よ、哀れみたまえ!」

やがてすすり泣く声が聞こえてきた。

その音を除けば私たちは食器洗い室の中で極めて静かに横たわっていた。私は息をひそめて調理室のドアから漏れているかすかな光を見つめていた。副牧師の顔はぼんやりとした丸い形としか見えず、あとは襟と袖が見分けられるのみだった。外では金属的な槌音が響きはじめ、サイレンのような大きな音がしたかと思うとしばらく静かになり、やがてまたエンジンが立てるようなしゅうしゅうという音が聞こえてきた。大部分が耳障りなこうした騒音は途切れながらも続き、次第にその数が増えていくようだった。突然、規則的なずしんずしんという音と震動が始まった。我々のまわりでは何もかもが震えだし、食料貯蔵室ではさまざまな入れ物がちりちりと音を立てながら動きだしたかと思うといつまでもそれが続いた。いったん日がかげると調理室の戸口は真っ暗になってしまった。それから何時間も黙って震えながら我々はそこにしゃがみ込んでいたに違いない。だがついに疲れて気を失い…

ようやく目を覚ました私は強烈な空腹感に襲われた。半日以上眠っていたに違いない。飢えに耐えかねて私は行動を起こした。食物を探しに行くと副牧師に告げ、手探りで食料貯蔵室に向かったのだ。返事はなかったが、私が食べ始めるとその音を聞きつけて起きあがり、私の後を追って這ってくるのが聞こえた。

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