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星間戦争

下巻:火星人占領下の地球
第3章 囚われの日々

H. G. Wells / 中条卓訳

2台目の戦闘機械が現れたために、われわれはのぞき穴から食器洗い室へと戻らざるを得なくなった。火星人が戦闘機械の高みから、障壁のうしろにいるわれわれを見下ろしはしないかと恐れたのである。後になるとそれほど連中の目を恐れなくなったが、それは戸外のまぶしい陽光に慣らされた目にはわれわれの隠れ家などぽっかりと空いた暗闇にしか見えないはずだとわかってきたからだった。だが最初のうちは少しでも連中の近づいてくる気配がしたら心臓をどきどきさせながら食器洗い室へ逃げ戻ったものである。だが危険を招くことは恐ろしくもあったが、ふたりとものぞき見の魅力に逆らうことはできなかった。今にして思えば不思議なのだが、われわれは餓えと、さらにはより恐ろしい死という計り知れない危険にさらされていたにもかかわらず、一目外をみようとして激しく争った。こっけいなありさまで音を立てぬよう先を争って調理室を横切り、もう少しで火星人に見つかりかねないようなところで殴り合い、互いに押しのけたり蹴飛ばしたりしていたのである。

実のところわれわれは性質にしても思考や行動の習慣にしてもまったく相性が悪く、危機と孤独のためにそれがさらに強められていた。ハリフォードですでに私は副牧師の頼りなげに絶叫してみせる子供じみたまねと愚かしくも硬直した精神が嫌いになっていた。彼が引きも切らずに呟くひとりごとのせいで、行動計画を立てようとするたびにことごとく邪魔されたし、時にはむしゃくしゃが募ったあげくに気が狂いそうになることさえあった。彼はおろかな女性みたいに抑えがきかなかった。何時間もぶっ通しですすり泣くのだが、まっことこの甘ちゃんときたら涙が何かの足しになると思っているに違いない。そして私はというと暗がりに座り込んだまま、そのしつこさゆえに彼のことを念頭から振り払うことができずにいたのである。彼は私よりもたくさん食べたが、火星人たちが窪地での作業を終えるまでこの家にとどまるしか生き延びるチャンスはなく、それには長いこと辛抱しなくちゃならないだろうし、いずれ食物が必要になるだろうなどと、いくら私が指摘してもむだだった。彼は衝動的に大いに飲みかつ食らい、食事と食事の間は長く空けていた。そしてほとんど眠らなかった。

日がたつにつれて、彼がまったく何事も意に介さぬせいでわれわれの苦痛と危険があまりに増大したため、私としては心底いやでたまらなかったのだが、脅したり、しまいには拳にものを言わせなければならなかった。そうするとしばらくの間は正気に戻るのだ。だが彼はかの脆弱な輩、すなわちプライドなどというものはからっきしなく、小心で無気力な憎むべき人間、小ずるくて悪賢くて、神にも人間にも、いや自分自身にさえ向き合おうとしない、そういうたぐいの男なのだった。

私にとってはこんなことを思い出すのも書き記すのも不愉快なのだが、何事も書き漏らさないためにはいたしかたない。人生の暗く恐ろしい局面を免れてきた人にとって、私の野蛮な行いや悲劇に終わった怒りの激発を責めるのはたやすいことだろう。何が正しくて何が間違っているのか、よくご存じなのだから。だが苦痛を強いられた人間に何ができるかとなるとご存じないのだ。しかし日陰を生きてきた人、必要最低限の生活を経験したことのある人ならきっとわかってくれるだろう。

建物の中の暗がりでわれわれが声をひそめ、大急ぎで取ってきた飲食物のことで争ったり、拳を固めて殴り合ったりしている間、外には6月の容赦ない日差しが注ぎ、窪地の中で火星人たちが見慣れぬ奇妙な日課をこなしていた。私がそこではじめて経験したことがらに話を戻そう。ずいぶん後になってから私が覗き穴のところへ戻ると、新参の機械に加えて、すでに窪地を占拠していた3台もの戦闘機械が作業に参加していた。この最後に現れた連中は新しい器具を持参していて、それらが円筒のまわりに規則正しく立ち並んでいた。完成した2台めの操作機械が、大きな機械が持ち込んできた新しい仕掛けを忙しそうに動かしていた。それはおよその形がミルク缶に似ていて、その上では洋なし型の入れ物が振動しており、そこから出てくる白い粉が下にある円形の鉢に流れ込んでいた。

振動を与えているのは操作機械の触手の1本であった。操作機械はへら状の2本の手で粘土の塊を掘り出しては洋なし型の入れ物にぶち込み、もう1本の腕でときどき機械の中ほどにある扉を開けては、さびて黒ずんだ金くそを取り除いていた。さらにもう1本の鋼鉄製の触手が鉢にたまった粉を畝のある導管沿いに何かの容器へと導いているのだが、その容器は青みを帯びた塵の山に隠れていて私からは見えなかった。見えない容器から緑色の煙がひとすじ、静かな空気の中をまっすぐに立ち上っていた。見ると操作機械はちりんちりんとかすかな音を立てながら1本の触手を望遠鏡のように伸ばしたが、その触手はほんの1瞬前まで丸っこい突起でしかなかったのだった。触手の端は粘土の山の向こうに隠れたが、次の瞬間にはアルミ製の白い棒を持ち上げて見せた。棒は真新しくてぴかぴかに輝いており、窪地のわきに山と積み上げられつつあった。日没から夜明けまでの間にこの器用な機械はこうした棒を100本以上も天然の粘土から作り出したものに相違なく、青い塵の山は着々と積み上げられて窪地のわきにそびえていった。

これらの装置がすばやく複雑な動きを示すのに対し、ぶかっこうな支配者の方はといえばほとんど動かずにあえいでいるばかりでその対比があまりに強烈だったので、私は何日もの間ほんとうの生き物は火星人の方なのだと何度も自らに言い聞かせなくてはならなかった。

(つづく)

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