Book Review
レビュアー:[雀部]
《工作艦明石の孤独》シリーズ

ワープ航法の開発により、 60ほどの植民星系に広がった人類。そのひとつ辺境のセラエノ星系で突如地球圏とのワープが不能となる。星系政府首相のアーシマ・ジャライは、工作艦明石の狼群涼狐艦長に事態の究明を命じる。 一方、セラエノ星系に取り残された地球宇宙軍の偵察戦艦青鳳、 輸送艦津軽もまた、 それぞれの思惑で動き始める。30光年の虚空で孤立するセラエノ星系150万市民の運命は?  究極のミリタリー文明論SF開幕

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最初にお断りしておきますが、このブックレビューは盛大にネタバレしているので未読の方はお読みにならないで下さい。また物理学も下手の横好きなので間違っていたらご指摘下さればありがたいです(汗;)

さて、『工作艦明石の孤独4』、皆さんお読みになりましたでしょうか。

ラストは、大変なことになってますねえ(笑)

着地点を決めてから書き始めるという林先生の執筆スタイルから推察すると、『工作艦明石の孤独4』を読んでから全巻を読み返すとなるほどと納得できるところが多々あると思います。

林先生がどうやって読者をだまして下さるか、そこが私の一番の読みどころです(笑)

まず『工作艦明石の孤独1』で色々とワープ航法についての解説があるのですが、最初に“ワープ航法とはタイムマシンである”と断定されてる(笑)

“0時に地球から10光年先の惑星にワープすると、現地に到着するのは10年後の0時。その惑星で半日過ごして12時地球に帰還すると、惑星から見て時間を10年遡って、地球へは12時に帰還することになる。つまり「現在の地球」と「10光年離れた10年後の惑星」という、同じ時間が流れる二つの世界を瞬時に移動するのがワープ航法なのである”

と解説があるのですが、そもそも「同じ時間が流れる二つの世界」という大前提が相対性理論から離れてます(笑)

これを宇宙船の時間線の流れで図解すると(10光年離れた惑星Bにワープして1年後に帰還した場合)

図1
図2
図3

となるのですが、惑星C(惑星A,Bから10光年の等距離)の観測者の時間線の流れでは以下のようになるはずです。

図1
図3
図2

惑星Bに宇宙船が到着する前に仕事を終えて、惑星Aに戻ってきている(ワープ航行中)

更に言うと、もし帰還した宇宙船がそのまま惑星Aに留まっていると、

図1
図3
図3’

惑星Cの観測者からは、惑星Aと惑星Bの双方に同じ宇宙船が見えるはずです(タイムマシンなのだから当然ですが)

最初に感じたのは、なぜ最初のワープ時には10年後に到着するのに、帰還時は10年過去に戻るのか。それなら最初も10年過去に戻るのが自然なのではという疑問です。

これは、最初のワープも瞬時に移動するが10年未来に跳ぶと考えると±が釣り合う(笑) 回転するブラックホール(カー・ブラックホール)の近くでは時空が引きずられるため、タイムマシンの設置が可能だが、過去に戻る際には最初にタイムマシンが設置された時にまでしか遡れないという理論を見たことがあったので、ワープ航法がタイムマシンなら、うなずけるところだと思いました。まあ実際は、更に壮大な仕掛けだったのですが。

次はワープ航法における因果律の話なのですが、文中では“「因果律否定論……”“「物理学というよりも、人間原理の一種”“ワープを制御するAIが因果律は存在しないと認知するとだね、相対性理論と絶対座標の矛盾を回避できる。因果律がないなら諸々のパラドックスも存在しないってことでね。”

ここは、ワープ航法に必要とされている「絶対座標」に対するエクスキューズでしょうね。相対論的には絶対座標なんてものが認められるはずがない(笑)と感じたのですが、ここの「AIが」って主語がラストへの伏線になっていたとは気がつきませんでした(汗;)

この項に関してはもう一つ。文中から引用すると、

“実を言えば、初期の入植惑星であるカプタインbなど片手で数えられるほどの星系を除けば、人類の入植地は地球から見てどこにあるのかわかっていない。ワープアウトした星系が遠ければ遠いほど、地球から見て未来の星座であり、位置関係の特定が困難になるからだ。だから辺境と呼ばれている星系群も、それは植民惑星として歴史が新しいからそう呼ばれているに過ぎず、歴史のある星系よりも実は太陽系に近い可能性は少なからずあった。”

ということで、そもそも何光年離れているかが知りようがないし、各々の時間線で矛盾が起こらなければ(前述の惑星Cの観測者が観測できない状態)因果律も安泰であると。

ネタバレで言うと、たぶんAIと宇宙の間ではOKになっているはず(笑)

これはラストでの“幸いにもボイドは孤立した星系ゆえに、我々の文明とこの時代で接触することができた”と呼応してるので間違いないところでしょう。

ここでいう非因果領域とは、以下の図で網がけになっている部分です。

ミンコフスキー空間平面図

因果領域と非因果領域の境界が光速度で、光速を超えた世界線が非因果領域になってます(橋元淳一郎著『空間は実在するか』から引用)

関連情報としては以下のサイトあたり。「アンプリチューヘドロン」って初めて聞いたけど、もうそんなことも論じられているんだ(汗;)

「ブラック・ホールの情報パラドクス」

「アンプリチューヘドロン」

「量子脳理論」

そこから、

“ただ社会の規模が拡大し、技術が進歩すると、武力紛争に必要な労力は著しく高くなるばかりか、そうした闘争が植物叢に与える被害も馬鹿にならず、略奪や紛争は経済的に引き合わなくなったのだ。このため集団の規模が一線を超えた段階で武力紛争は行われなくなった”

との記述があり、これは人類の戦争の歴史に対するアンチテーゼかとも感じたのですが、これもラストに向けての伏線でした。ここの記述とその後の、イビス文明側の“バスラの生態系と惑星環境の関係が、イビスなら、天体を自律的な情報存在に改造するとでもなろうか”“惑星バスラの生態系の自律性、あるいは自動性を長年にわたり研究し続けてきたのは、宇宙が自己の構造を複雑化させる自動性との相似を確認するため”があって、ラストの

“「宇宙が恒常性の維持という方向性を持つとした時、ワープは本来的には知性体による文明を過去に移動させ、歴史の上書きを繰り返すことで、自律性を複雑化・高度化させる機能と考えています。 誤解を恐れずに言うならば、宇宙の進化の自動性には知性体による文明の存在が必要であり、それ故に宇宙は文明がより誕生しやすい方向、つまりは恒常性を指向する。宇宙船の航行装置として我々がそれを活用しているのは、宇宙の自律装置の一部に手を触れた段階に過ぎない”

に結びつくわけですね。人間原理ではなく、その上を行く宇宙原理とでも言いましょうか。

《工作艦明石の孤独》シリーズの発端“人口一五〇万人のセラエノ星系は、地球から一切の補給がない状態で、文明社会を維持しなければならない状態に陥る”のも、ラストの過去での文明構築に結びつくわけで、全てのエピソードがラストに向かって収束していく様は見事というほかはありません。

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