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SF読者のための量子力学入門

古典量子力学 Classic Quantum Mechanics
12. トンネル効果 Tunnel Effect

白田英雄

車が壁にぶつかれば車はつぶれてしまいます。ところが、量子論の世界ではある確率で車は壁をぬけて向こうにすりぬけてしまうのです。
普通、トンネル効果についてはこのような感じで説明されてることでしょう。でも、実際のところはそんな大袈裟なものではないのです。
この連載でも以前紹介しましたように、ポテンシャルがあるときのシュレーディンガー方程式の解としてトンネル効果は説明できます。復習しておきましょう。ポテンシャルのない自由な領域が、ポテンシャルのある領域によって分割されてるときに、量子をそのポテンシャルのある領域にぶつけてやると、一定の確率においてその量子は向こう側のポテンシャルのない領域にすりぬけていきます。このことをトンネル効果といいます。

ここではポテンシャルのある領域、つまり「壁」とはどんな意味をもっているのかを説明してみましょう。
シュレーディンガー方程式にでてくるポテンシャルというのは位置のエネルギーのことです。まずは古典論からはじめましょう。
物を低い場所から落とすよりも、高い場所から落とした方が落ちたときの衝撃が大きくなります。言いかえると、高い場所にいる方が低い場所にいるよりも、物体は大きいエネルギーを生じるだけの能力(ポテンシャル)があるということになります。高さの位置によって変わるということから位置エネルギーともいいます。

坂の上から玉を転がしてみましょう。高い位置から転がした方が玉が坂の下についたときの速さは大きくなります。玉の転がる速さは運動のエネルギーに相当します。転がりはじめるときは速さは0で、坂の下についたときはポテンシャルが0になるので、ポテンシャルが運動のエネルギーに転換されたことになります。逆に下からある速さで玉を転げ上げてみましょう。ちょうどてっぺんから転がしたときの速さと同じ速さで玉を転がしたとき、玉はてっぺんまで到達します。(ここでまさつは無視するとします。) では玉の速さがもっと小さかった場合はどうなるでしょうか。玉は坂の途中まで行ってそのまま戻ってくるでしょう。これが古典的な意味での壁です。いわゆるトンネル効果というのは下の右の図のように、古典的には壁を越えられない場合にも壁をすり抜けていく現象のことなのです。

では量子論的に壁はどうとらえることができるでしょうか。物質は分子や原子からできてますが、原子はその内部がほとんどすかすかの状態になってます。それでも原子と原子が接近すると、原子核のまわりをまわっている電子の電気力で反発して、抵抗を受けます。原子の中身がすかすかなのに、物と物が触れ合って、突き抜けていかないのはそのためです。

つまり、私たちが物を手に持ったりすることができるのは電気力のためだといえます。
ところで、電気力は重力と似た性質を持っていて、ポテンシャルを持ちます。これが量子力学的な壁の一例と言えましょう。つまり、物が他の物を突き抜けない、とは、電気的なポテンシャルが大きくて物体が透過できない、ということなのです。
壁の厚みが極めて薄く、突き抜ける物体も電子などの場合、比較的多くトンネル効果は発生します。今回説明した壁とは違う壁の例になりますが、トンネル効果を用いた電子素子として、江崎玲於奈氏が発明したトンネル・ダイオードなどがあります。ダイオードの話は今回の話のテーマではないので詳述はしませんが、電子回路ではこのような量子力学的な現象が日常のように起きています。
さて、冒頭にもあったように車が壁を抜けるなどということは実際にありえるのでしょうか。
答えは二重の意味でほとんどノーといえるでしょう。
車がぶつかって壊れるほどの壁はそれなりの厚みがあるでしょうが、トンネル効果で物質が透過する確率が大きくなるためには、壁の厚みが薄い必要があります。
もうひとつ、ひとつの粒子だけが透過するならいざ知らず物質は数多くの粒子からなってます。複数の粒子がいっぺんに壁を通過する確率はそれぞれの確率を掛け合わせた結果となります。仮にひとつの粒子が壁を通過する確率を1/2と考えます。(一般にはもっと小さいと思います。) ふたつの粒子が一度に壁を通過する確率は1/2と1/2を掛け合わせて1/4になります。掛け合わせる粒子の数が増えれば増えるほどその確率は小さくなっていきます。車一台ともなれば、膨大な数の粒子が存在することになります。確率はほとんど0ということになるでしょう。

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