インタビュアー:[雀部]
『コレクターシップ
「集める」ことの叡智と冒険』
長山靖生著/村松正孝カバーイラスト
ISBN-13: 978-4796603072
JICC出版局
1100円
1992.4.1発行
人はなぜモノを集めるのか。最後の殿様・徳川義親から現代の奇才・荒俣宏まで、「集める」ことに憑かれた日本の蒐集狂たちの冒険と思想。
集めることは"想い"であるが、それを選択し、配列することは、一種の"思想"にほかならない。モノから叡智を生み出していく方法と発想の実際を、さまざまな先達の生涯に探る。
『怪獣はなぜ日本を襲うのか?』
長山靖生著
ISBN-13: 978-4480823519
筑摩書房
1900円
2002.11.25発行
ゴジラ、ウルトラマン、仮面ライダーなどの創造物はなぜ日本で生まれたのか? 小栗虫太郎から手塚治虫、山田風太郎、ゴジラへと至る異形の想像力のあり方を探る文化論。
特撮映画、古典SF、偽書、マンガ…トンデモナイ想像力の面白さとは!? 気鋭の筆者が独自の文化を読み解く。
『奇想科学の冒険
近代日本を騒がせた夢想家たち』
長山靖生著
ISBN-13: 978-4582853797
平凡社
760円
2007.6.11発行
時代の変化が激しかった明治から昭和初期には、人類の進歩、豊かな未来、理想社会の実現のため、科学に取り組み、発明に熱中した人たちが数多くいた。文学の世界でも、理想社会を描いた空想小説が多く発表された。今から見ると、これらは珍奇なものではあるのだが、ここには、近代を動かした精神のうねりが刻まれている。「奇想科学」に邁進した人たちの思考と生涯を通して、近代日本を動かした社会的夢想を掘り起こす。
『日本SF精神史 幕末・明治から戦後まで』
長山靖生著/小杉未醒筆装画(押川春浪「鉄車王国」口絵)
ISBN-13: 978-4309624075
河出書房新社
1200円
2009.12.30発行
日本SFの誕生から百五十年、“未来”はどのように思い描かれ、“もうひとつの世界”はいかに空想されてきたか―。幕末期の架空史から、明治の未来小説・冒険小説、大正・昭和初期の探偵小説・科学小説、そして戦後の現代SF第一世代まで、近代日本が培ってきたSF的想像力の系譜を、現在につながる生命あるものとして描くと同時に、文学史・社会史のなかにSF的作品を愛を持って位置づけ直す野心作。
雀部
さて今月の著者インタビューは、2009年12月に河出ブックスから『日本SF精神史』を出された長山靖生先生です。
長山先生初めまして、よろしくお願いします。
なお長山先生は、歯科医として地域医療にも貢献されています。
長山
いえいえ(汗)。先輩から話を聞かれるなんて、口頭試問みたいで緊張しております。どうぞよろしくお願いします。
雀部
こちらこそ、不肖の先輩なんで恐縮です(汗)
1992年出版の『コレクターシップ「集める」ことの叡智と冒険』に、幼稚園の頃、東京国立科学博物館で様々な標本を見ていたく感銘を覚えたと書かれてますが、最初に集められたのは何なのでしょうか。またそれは何歳頃からでしょうか。
長山
私の故郷は(今も住んでいますが)、海も山も近くて、四歳頃からよく貝殻を拾っていました。博物館でもいちばん好きなのは貝の標本でした。海に行ってもぜんぜん泳がないでイソギンチャクやヒトデをいじったり、貝殻探しばかりしていたので、親に心配されました。山では黄銅鉱や石灰岩。八歳頃、アンモナイトの化石を見つけたときは嬉しかったです。私は今でも進化テーマのSFが好きです。
雀部
進化テーマいいですねえ。SFでなきゃ出来ないテーマだし。
上記の本には、“ある意図にしたがって本を集めているというより、集まってしまった本に触発されて知的生産に駆り立てられるとでもいえるような類の、読書家と本の相互作用”とも書かれていて、故野田昌宏氏の業績もそうなのかなとも感じました。あ、ハードSF研の石原先生のSF書誌もそうですよね。
長山
自分なりの好みや読書傾向は、はじめからあるのかも知れませんが、それが既成のジャンル区分からずれていると、その「好み」を説明するのは難しく、自分でもしっかりと把握できませんでした。そもそも昔は、本屋さんにSFの棚すらありませんでしたし。私の場合、小説でも純文学や大衆小説といった区分ではなくて、幻想的なもの、思弁的な強度で選んだり、科学や歴史の本にしても、そのジャンルのファンとはちょっと違った読み方をしたりしていたように思います。そういうバラバラのジャンルの中から「自分が好きなもの」を選んだ本棚を眺めているうちに、自分の関心の在処が立ち上がってくるということがあります。「なるほど。この関心とこの関心は、こういう点でつながっているのか」というふうに。たぶんSF研究をなさってきた先輩たちも、また多くの読者がSFにはじめて出会ったときも、そういう感覚を味わってきたのではないでしょうか。
雀部
確かに本棚を見るとその人の人となりがわかりますよね。
個人的には「最後の殿様・徳川義親」と「サラリーマン今西菊松」のエピソードが好きですねえ。岡山県人としては、今年が開館80周年にあたる大原美術館を設立した「大原孫三郎と児島虎次郎」の話、もちろんSF者としては「分野を創った男・横田順彌」のエピソードも大好きですが(笑)
長山
みんな、すごい情熱ですよね。
横田先生のお宅には、大学に入った頃からおじゃまするようになりましたが、玄関先にまで本が積まれていて、それらを眺めているとなかなか上がれない。「上にも面白い本があるよ」と言われたのを覚えています。三十年ほど前のことです。横田先生には、紀田順一郎先生を紹介して頂いたりもしました。紀田先生は現在、神奈川近代文学館の館長もなさっていて、きわめて温厚な紳士ですが、本の集め方は常軌を逸しています。岡山県にも紀田先生の書庫があると伺いました。
雀部
紀田順一郎先生は「山陽新聞」に連載されていたんですね。アーカイブを見ると微かに記憶が……(汗;)
(
「夢高原浮遊工房 IT書庫」
)
SF本を集められるようになったきっかけはどういったところからだったのでしょうか。
長山
私が最初に読んだSF小説は、ヴェルヌの『海底二万リーグ』でした。親が「科学に興味を持つように科学小説を」という勘違いで買ってきたのです(笑)。小学生の頃はヴェルヌやウェルズ、エリオット『宇宙少年ケムロ』、マーウィン・ジュニア『次元パトロール』など、誰でも読むような児童向けの本を読んだだけでした。中学生になると「SFマガジン」を読むようになり、SFや幻想文学、そのほかの小説はいろいろ読みましたが、「本を集める」ほどではありませんでした。田舎ではSFは買い難かったんです。私は歴史も好きで、地元が旧水戸藩領だった関係もあり、江戸時代の水戸学・国学関係の和本や明治期の法律書、国政論などの珍しい本を、意識的に集めるようになっていました。しかし十代の頃には、自分の「SFへの関心」と「歴史への興味」がどうつながるのかは分かってませんでした。SFの本を集め出したのは大学に入ってからです。
SFサークルに入って刺激を受ける一方、SFを読むのにもSF以外の側面からアプローチする必要を感じてました。トドロフの芸術理論やガストン・パシュラールの科学哲学にふれて、自分の中で分裂していた「SF」と「歴史」が、ひとつにつながる感覚を味わいました。さらに横田先生の古典SF研究のおかげで、自分が何に惹かれているのかが分かった気がしました。
雀部
確かに昔は、田舎のSFファンは、SF読むにも買うにも苦労しました。
では、どういったジャンルのSF本から集められるようになったのですか。
長山
多くのSF古書ファンと同様に、まずはハヤカワ文庫で読んでいたものを銀背で揃え直すところからはじまりました。そして日本SFシリーズ。しかし時は1980年代で、SFはブームの真っ只中。新刊も続々出ます。とてもすべては買えないので、初版元版で探すのは日本作家の著作に限定することにしました。特に古典SF研究会に入ってからは、意識して古い日本SF――明治・大正の頃はSFではなくて、政治小説、未来記、科学小説、冒険小説として書かれていたのですが――を集めました。私が入会した頃は會津信吾さんが会長で、ふたりで石原藤夫先生のところに伺ったりしてました。石原先生には、私が見つけた海野十三の資料などをコピーして差し上げたこともあります。
学生時代には夏休みにはよく大学から紹介状を出してもらい、他大学の図書館などに通い、科学雑誌や大衆雑誌をあさってはSF的な小説や探偵小説を探し、そのコピーをとりました。けっこう単行本になっていないものも多く、当時はまだ調べる人もほとんどいなかったのでリストなんかなくて、自分で調べるしかなかったんです。読んでみると、明治の押川春浪、昭和初期の海野十三は、有名なだけにさすがに読みやすくて、いまでもそのまま読めると思います。ほかには医学者で探偵作家だった小酒井不木や木々高太郎、明治期に家庭小説や発明小説を書いた村井弦斎、考古学から飛行機までさまざまなものに関心を持ってSF的な空想も得意とした江見水蔭など。まだまだ知りたいこと、読んでみたい本、再評価されるべき作家はたくさんいます。
雀部
そういえば、2008年の1月に海野十三氏の生誕110年記念
「海野十三展」
を見に徳島県立文学書道館に行ってきました。
海野十三氏は、SF作家以外にも少年小説家・漫画家・翻訳家・探偵作家・科学者・弁理士・海軍報道班員など多彩な顔を持たれていたんですね。
徳島県立文学書道館発行の海野十三短編集も読みましたが、確かに普通に読みやすいし面白いです。個人的には「生きている腸」なんかが大好きです。
長山
徳島県では海野十三の顕彰事業が熱心に行われていますね。海野十三は、本当に好奇心旺盛な方で、活躍も多方面にわたっています。小説でも、科学者としての本領を発揮した科学小説、理化学的なトリックを用いた探偵小説、また時代の要請もあって軍事的な冒険小説も数多く書いていますが、そこでも科学者らしい思考が光っていると思います。その一方で、幻想的な作品やユーモラスな作品もあって、本当に多彩で魅力的です。昭和二年に原子力エネルギーの危険性を警告する小説を書き、太平洋戦争が始まる十年前に、日本が空襲で甚大な被害を蒙ることを予言する小説を書いています。また戦時中に書かれた「金博士」シリーズには時局や軍部を揶揄するような表現も見られて、笑えると同時に批判精神が感じられます。海野十三は昭和二年には科学小説を発表しているのですが、単に小説を書いただけではなく、友人たちと共に「大衆科学文芸運動」を起こそうとしていました。アメリカではガーンズバックがサイエンティ・フィクションを提唱したのとほぼ同時期のことです。
雀部
本当に日本SFの父と呼ぶに相応しい作家なんですね。
小酒井不木氏については「横断する知性」(『怪獣はなぜ日本を襲うのか?』所載)でも取り上げられてますが、氏は蟹江町で育ったんですね。大学時代の親友が居るので去年行ったところです。大字までは同じ住所だ(笑)
38歳で夭逝されたようですが、天才肌ですごく濃密な人生を送られた人なんですね。医師ということもあり、長山先生との共通点もあるような気がしました。
長山
雀部先生もそうだと思いますが、医学ネタの科学小説は、職業柄もあってか、たしかに親しみやすいですね。不木は三十歳で東北帝国大学教授になりますが、結核のために任官後まもなく辞職して、郷里に帰り、自宅に研究施設を作って地域の後進医師たちの指導もしていました。愛知医科大学に赴任してきた太田正雄教授(詩人の木下杢太郎)らと交流し、連句を作ったりもしてます。不木は、博覧強記の人で、犯罪学や犯罪史、あるいは西洋中世の動物裁判や王による神聖治療など、現代だと渋澤龍彦や種村季弘が好みそうな異端文化に関するエッセイでも人気がありました。大正末から昭和初期に活躍しており、ある意味でエロ・グロ・ナンセンスが隆盛した日本の一九二〇年代を代表する人物の一人だと思います。
雀部
確かに医学ネタSFも渋澤龍彦も好きです(笑)
“木下杢太郎が、しばし医学者と詩人という二重生活に悩み、文筆を捨てることを考えていたのに比べて、不木はその二重性をむしろ相互に補完し合うものとして意識し、積極的に結びつけようとしていた。”と書かれてますが、長山先生はどちらなのでしょうか。
長山
自分では後者だと思っています。医学・歯学の勉強は理系に分類されていますが、臨床での治療は人間を相手にするものですから、他人の痛みや気持ちに思いをめぐらす勉強も必要だと感じています。ですから直接的には診療に関係のない本、小説を読むこともまた、広い意味で診療にも役立つことだと思っております。また患者さんと接することで、自分が抱えている文筆上のテーマへの示唆を受けることがしばしばあります。
雀部
同感ですね、直接的には関係のない読書とか体験も、どこかで診療に役立っていると思います。
長山先生には、多くのご著作がありますが、執筆時間はどうやって捻出されているのでしょうか。
長山
う〜ん。それが最大の問題ですね。私は開業して17年になりますが、はじめの二、三年は、ほとんど何も書くことが出来ず、本を読む時間もなかなかありませんでした。それでも次第に生活のペースが整い、毎日少しずつでも本を読んでメモを取っておき、週末に執筆するという生活パターンが出来てきました。ゴルフもしないし釣りもしないし、車にも趣味がないし、結局、本を読んだり書いているのがいちばん楽しいので続いているのだと思います。日々の診療があるので徹夜とかはしません。これからは体力の衰えとの戦いですね。
雀部
50過ぎると体力も衰えますが、やる気も衰えます←私だけか(汗;)
奥様も歯科医とお聞きしましたが、原稿を奥様に見せられたりはされるのでしょうか。また、文筆活動について奥様はなんとおっしゃっていますでしょう。
長山
診療のほうは、お子さんの治療など家内にも手伝ってもらっていますが、原稿は基本的に見せません。プレッシャーがかかってしまうので(笑)。本になってからは、時々読んでくれているようですが。文筆活動については「そういう人だ」と思っているようで、そっとしておいてくれます。実は結婚前に、横田順彌先生にお願いして「文章を書くには資料収集が大切だから、本はどんなに買っても文句を言ってはいけない」という話をしてもらうことにしていたのですが、実際に会った際には、横田先生は事前の打ち合わせをすっかり忘れていて、「本のことでまた家族に怒られて……」というグチ話になってしまい、閉口しました。それでもまあ、浮気するよりはマシだと思っているのか、文句をいわれたことがありません。ありがたいことです。
雀部
うちも文句を言われたことはないですが、たぶん呆れられて放任状態かと(笑)
村井弦斎氏も同じく『怪獣はなぜ日本を襲うのか?』所載の「ユートピアに憑かれた男」と『奇想科学の冒険』所載の「ユートピアの発明家」に書かれてますが、この方はあまり奇矯なところのない常識人みたいで(もっとも、断食療法を実践したり、自然食にこだわるなどの行為はしてますが)、SF作家が世間一般の見方とは違い常識人の集まり――常識人だからこそ、常識を超える発想が出来る――であることを思えば納得できますね。村井氏の著作は、SFの機能で言うと新規な考え方を大衆に分かりやすく伝えることだったんでしょうか。
長山
村井弦斎は明治三十年代にはいちばん本が売れていた作家だったようです。夏目漱石も『琴のそら音』で弦斎の作品が広く読まれていた様子を描いています。たしかに温厚な人物だったらしく、あまり奇矯なエピソードは聞きません。多作な人で、またそのジャンルも家庭小説から歴史小説まで、幅広かったです。ユーモアもあり、当時としてはおてんばな女性がよく登場して、譬えるなら「明治の赤川次郎」といったところでしょうか。SF史に関係するのは、新時代の科学知識を取り入れ、さらには近未来に発明されたら便利であろう科学技術を登場させた一連の作品で、私は「発明小説」と呼んでいます。村井弦斎の作品で、今もよく知られているのは『食道楽』でしょう。これも小説で、衛生や栄養を考えて、いかに日本人の生活を改良するか、という話です。これが当時、バカ売れしたんですね。その印税で平塚に広い土地を買い、現在は自家農園を作ったそうです。そこで毎年、出版社や新聞社の社員を招いて、運動会を開いたというから、すごいですね。
雀部
小松左京先生の『日本沈没』のようなものですね(笑)
江見水蔭氏はなんと岡山市の出身だとか。
「月世界跋渉記」
を読むと、月世界が真空であって、そこでは潜水夫のような宇宙服「新式空気自発器」を使用する描写があり、感心しました。
長山
あの作品は面白いですよね。江見水蔭は押川春浪と同時代の作家で、明治後期にはかなりの人気を博していました。「空中快遊船」「空中の人」「水晶の家」「探検女王」などの科学小説、冒険小説があります。水蔭は、体験作家というかルポルタージュ小説の先駆者でもあり、実際に捕鯨船に乗って、それに基づいた小説を書いたり、趣味の考古学発掘で各地を回り、その経験から空想を拡げ『地底探検記』や『三千年前』を書いています。水蔭は尾崎紅葉門下の硯友社中の人で、晩年に彼が書いた『自己中心明治文壇史』は、信憑性のある文学資料として、今でも高く評価されています。しかし何といっても江見水蔭は作家なのですから、小説にもっと再評価の光が当たってもいいと思います。それだけの価値は十分ありますから、出身地の岡山県が顕彰事業の音頭を取って下さったらすばらしいですね。
雀部
そうですねぇ。岡山県人である私も知らなかったですから、よほど啓蒙しないとダメだろうなあ……
(次号に続く)
[長山靖生]
1962年茨城県生まれ。評論家、歯学博士。鶴見大学歯学部卒業。歯科医の傍ら、文芸評論、社会時評などの執筆活動を展開。96年、『偽史冒険世界』(ちくま文庫)で大衆文学研究賞を受賞。著書に『テロとユートピア』『人はなぜ歴史を偽造するのか』『日露戦争』『日米相互誤解史』『不勉強が身にしみる』『若者はなぜ「決められない」か』など。
[雀部]
1951年岡山県生まれ。アマチュアインタビュアー、歯科医師。東北大学歯学部卒。歯科医の傍ら、SF作家の先生方にメールインタビューする毎日です。
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