| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

Author Interview

インタビュアー:[雀部]

『深海のパイロット 6500mの海底に何をみたか』
> 藤崎慎吾・田代省三・藤岡換太郎共著
> ISBN-13: 978-4334032050
> 光文社新書
> 850円
> 2003.7.20発行

 日本の深海探査技術は世界のトップレベルになったと言われるが、その陰で毎日のように未知の深海に黙々と潜り続けるパイロットたちがいることはほとんど知られていない。そんな深海探査船のパイロットたちにスポットを当てる。

【田代省三】海洋科学技術センター研究業務部計画調整課課長。元深海潜水調査船パイロット

【藤岡換太郎】(株)グローバルオーシャンディベロップメント観測研究部部長。理学博士。潜航回数が日本一の地質学者。著書に『深海底の科学』など。


『辺境生物探訪記 生命の本質を求めて』
> 長沼毅・藤崎慎吾共著
> ISBN-13: 978-4334035754
> 光文社新書
> 1400円
> 2010.7.20発行
 深海底、地底、砂漠、北極・南極、火山、宇宙空間......辺境(極限環境)に棲む微生物に学び、生命の起源を探る。「科学界のインディ・ジョーンズ」とSF作家による極限対談。

『生命の起源を宇宙に求めて パンスペルミアの方舟』
> 長沼毅著
> ISBN-13: 978-4759813364
> DOJIN選書
> 1700円
> 2010.11.30発行

 生命の起源は地球にあったのだろうか?宇宙空間を飛び交う生命の種が、地球に飛来し、進化して人間になったと考えてもおかしくないのではないか?本書では「パンスペルミア説」として知られる、地球生命の宇宙起源論を、さまざまな証拠をもとに精緻に論証する。地球から始まる生命の起源を探る旅は、火星、彗星、天の川銀河などをめぐり、どこへ漂着するのだろうか。

【長沼毅】1961年、人類初の宇宙飛行の日に生まれる。生物学者。理学博士。海洋科学技術センター(現・独立行政法人海洋研究開発機構)等を経て、九四年より広島大学大学院生物圏科学研究科准教授。著書に『深海生物学への招待』(NHKブックス)、『「地球外生命体の謎」を楽しむ本』(PHP研究所)などがある。


『日本列島は沈没するか?』
> 西村一・藤崎慎吾・松浦晋也共著
> ISBN-13: 978-4152087430
> 早川書房
> 1800円
> 2006.7.15発行

 リメイク映画化で話題の小松左京『日本沈没』は、単なるフィクションか、それともありうるべき未来なのか?気鋭のSF作家らが惑星地球のダイナミズムを多角的に分析、最新の知見をもとに日本沈没の可能性を徹底検証する。さらに、地球シミュレータなどの最先端技術までをレポートしたSFファン、科学ファン必携の書。

西村一】1955生、科学技術庁、船舶技術研究所、宇宙開発事業団などを経て、現在は海洋研究開発機構(JAMSTEC)に勤務するかたわら、様々な活動に携わる。

松浦晋也】1962生、慶応大学理工学部卒、同大学院終了後「日経エアロスペース」等の記者を経て、現在、科学技術ジャーナリスト。主著として『H-IIロケット上昇』(日経BP社)、『われらの有人宇宙船』『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』『スペースシャトルの落日』など。


『鯨の王』
> 藤崎慎吾著/刈谷太装画
> ISBN-13: 978-4163260006
> 文藝春秋
> 1800円
> 2007.5.30発行
 深海に忍びよる不穏な気配。太平洋マリアナ海域で米軍の攻撃型原潜が何者かに襲われた。一方、アル中の鯨類学者須藤が小笠原海域の水深4000mで見つけた新種らしきクジラの骨が盗まれる。両者につながりはあるのか?研究費捻出に苦労する須藤の元に、バイオメッド社という怪しげな会社から、ひも付きで研究を続けないかというオファーがあり、背に腹は替えられずその申し出に乗ることにした須藤だが……

『祈望』
> 藤崎慎吾著/カタチ装幀
> ISBN-13: 978-4062162838
> 講談社
> 1400円
> 2010.6.10発行
 母と姉が白昼、惨殺された。逃げるのが面倒だからと逮捕されたのは、少年だった。センセーショナルな事件に、遺された「私」、父、弟の生活は一変した。マスコミの目を逃れ、逃げるように家を出て暮らした。そして私には殺人衝動が生まれた。20年後、認知症で入院した父が記した3冊のノートを見つける。それは、父が事件を自分なりに調べ、犯人に迫ろうとした軌跡だった……

『ストーンエイジCITY アダム再誕』
> 藤崎慎吾著/松昭教装幀
> ISBN-13: 978-4334927332
> 光文社
> 2100円
> 2010.10.25発行

 母を知らず、愛を知らず、屹立する孤高。あれが、再び進化をはじめる新しい人類の父なのか?

 熱海港から船で25分の距離に浮かぶ初島。その地下には、巨大バイオ企業「ESテック・ジャパン」の本社があった。医療・美容・環境にまつわる最新ビジネスの研究と並行して、ここでは多くの計画が進行していた。それは、人類の始祖・Y染色体アダムの正体を探ること。人々を植物化して環境適応させること。そして、ホモ・サピエンスではない、滅び去ったはずの人類の行方を追うことだった……

 一方、ジャングルと化した公園を根城に家族のように暮らすストリートチルドレンの一団の中で、「ファウナ・ウォーター」と言う名前の飲料水を、盗んでまでも飲みたがるメンバーが出てきていた……

『ストーンエイジCOP』『ストーンエイジKIDS』に続く《ストーンエイジ》三部作完結編


雀部> 今月の著者インタビューは、2010年10月に光文社から《ストーンエイジ》シリーズ三部作完結編である『ストーンエイジCITY アダム再誕』を出された藤崎慎吾先生です。
 藤崎先生お久しぶりです。前回の『ハイドゥナン』著者インタビューは、もう五年前になるんですね。
藤崎> もう、そんなになりますか。すると、この5年間に書いた長編小説は『鯨の王』『祈望』そして『ストーンエイジCITY』の3作だけで、しかもそのうちの2作は今年になって出している。何をしていたのか……。まあ、ノンフィクションの『日本列島は沈没するか?』と『辺境生物探訪記』を入れれば5冊ですが、それでも年に1冊のペースとは、自分でも不安になります。
雀部 > 小松左京賞作家の上田早夕里さん作の『華竜の宮』のインタビューで、“執筆直前に、何度も、地球惑星科学の新説が出てきて、頭を抱える事態に陥ったんですよ。「マントル内に水はありません」えーっ?! 「スタグナントスラブはマントル遷移層を通過しません」えーっ?!(笑)”とかお聞きしたんですが、『日本列島は沈没するか?』が出てから、地球科学の分野では色々進展があったのでしょうか。
藤崎 > コンピューター・シミュレーション技術の発達と、日本の地球深部探査船「ちきゅう」の登場で、かなり進展が速くなってきた印象はありますね。新説が出ては、すぐに覆されるというような状況が、しばらくは続くんじゃないでしょうか。SF作家泣かせといえば、そんな感じです。
雀部> それだけSFの楽しみが増えるとも言えます(笑)
 『日本列島は沈没するか?』の後書きに“三人の執筆者があえて自分の本来の専門分野とは違うところを執筆分担することによって、少しでも一般の方に理解しやすくなるように努めた”と書かれていて、なるほどと思いました。藤崎先生が担当された第二章「小説に使える(かもしれない)地球科学」を読むと、なかなか日本列島全体を沈没させるのは難しそうですね(笑)
藤崎> 海溝に引きずりこむとか、山体崩壊で壊すといった方法じゃ無理でしょうね。それよりは水嵩を上げるほうが現実的(?)でしょうが、いずれにしても全部は沈まない。
雀部 > 『日本列島は沈没するか?』の中では見事に沈没させられてます(笑)
 『辺境生物探訪記』も今年の7月に出てますけど、これは藤崎先生のサイトで紹介のあった“日本科学未来館(東京都江東区)のWeb雑誌「deep_science」で対談シリーズの連載”(現在は見られません)の完全版ということですが、実際の長沼准教授との「辺境」を巡っての対談は、いつ頃から、どれくらいの間隔で進められたのですか。
藤崎 > 2006年10月から2007年12月にかけてです。全部で11回行いましたが、残念ながら本に収録できたのは8回分だけでした。残りの3回分も、いずれ何らかの形で世に出したいと思っています。
雀部> 一年以上かかっているんですね。そりゃも刊行ペースも上げられないでしょう。
 しかし、その残り3回分の書籍化は、ぜひ実現して頂きたいものです。
 『辺境生物探訪記』でのテーマは極限環境に棲む生命体ということですが、藤崎先生の作品を読ませて頂くと『辺境生物探訪記』に出てくるようなテーマがとても多いですね。そもそも珍しい生物というと『クリスタルサイレンス』の節足動物とか、『ハイドゥナン』に出てきた地震に関係する微生物――『辺境生物探訪記』でも可能性として出てます――『鯨の王』も深海に棲む珍しい生命体と言えますし。
 変わった生物に興味を持たれるようになったのはいつ頃からでしょうか。
藤崎> 子供のころからでしょうね。変な昆虫が好きでしたし、太古の生物や深海魚の絵なんかにも、ずいぶん昔から魅了されていたような気がします。
雀部 > それで大学では生物学から海洋学のほうを学ばれたんですね。
 変な昆虫というと――実は昆虫ではないのですが――最近話題の「クマムシ」とか、単細胞の海洋微生物「ハテナ」とか、実に興味深いです。
藤崎 > クマムシは一時期「宇宙から来た生物じゃないか」などと騒がれていた時がありましたね。もしかしたら今でもそうなのかな。でも最近、生命起源分野のほうで「パンスペルミア説」が再び注目を集め始めています。それが本当だということになったら、我々はみんな宇宙から来たことになる。まあ詳しいことは、長沼先生の新著『生命の起源を宇宙に求めて パンスペルミアの方舟』を、お読みになってください。実は僕も先日いただいたばかりで、まだ読んでないんですが(笑)、目次を眺めたかぎりでは『辺境生物探訪記』で触れたことを、もっと体系的に深く論じておられるようです。
雀部> 『生命の起源を宇宙に求めて』、読ませて頂きました。『辺境生物探訪記』でも感じたんですが、長沼先生はSF作家よりSF的発想をされている。SFファンは必読の書ですね(笑)
 ところで前回のインタビューの時にもお聞きした温暖化問題なのですが、『辺境生物探訪記』では“温暖化で文明が滅びるとは思わないけれど、氷河期が来たら間違いなく文明は滅びる。長期的に見ると地球は氷期に入りつつあるので、温暖化は良いことかも”。
 う〜ん、そうなんだ。
藤崎> 長沼先生は、そういうお考えですね。実際は詳しく検証してみなければならないでしょうけど、単純に考えれば、寒い中で文明を維持してくほうがエネルギーを食いそうだし、食糧の生産も難しくなるような気はします。一方で長期的に氷期へ向かっていることも、ほぼまちがいないんでしょう。ただゲストの佐々木晶先生がおっしゃっているように、現在の極端に急激な温暖化が、やはり長い目で見ていい結果をもたらすのかどうかは、ちょっとわかりませんよね。適度なスピードで温暖化していってくれれば、いいのかもしれませんが。
雀部 > 素人考えですと、全世界的に気温が下がるとすぐに食料の生産が難しくなるので大変な感じはしますね。
 同じ藤崎先生のサイトの中にある「小文閲覧室」からのリンク「ダイマッコウの深海へ!」を読ませて頂くと“『深海のパイロット』('03/7)を出した理由の三割くらいは『ハイドゥナン』を書くためだった”と書かれていて、なるほどそうなんだと思いましたが、『鯨の王』が出版される直前にも「しんかい6500」で潜航されているんですね。
藤崎 > ええと『深海のパイロット』の時は母船に乗って潜航の様子を取材しましたが、自分は潜ってません。潜りたかったんですけどね。その後、3年かけてようやく「しんかい6500」に乗せてもらえた。
雀部> ありゃ(汗)
 と、ページをめくってみると、なるほどご自分が潜られたとは書かれてませんでした。臨場感溢れる描写にてっきり潜られたものだと思いこんでました(汗;;)
 『鯨の王』の初校ゲラにかろうじて間に合ったと書かれてますが、文庫版出版に当たっては、手を入れられたのでしょうか。
藤崎> いえ、文庫の時はとくに手を入れていません。
雀部 > 藤崎さんのご著書は順調に文庫化されてますが、文庫版が出るということは、やはり著者にとっては感慨深いものがあるのでしょうね。
藤崎 > 感慨深いというか、ほっとします。私の場合、文庫化されないと全くペイしない(苦笑)。1冊にかける時間が非常に長い(つまり筆が遅い)し、分量も多いわりに、あまり部数は出ませんから――。《ストーンエイジ》も、完結編を出さなければ前2作を文庫化できないと言われて、必死になりました(笑)。
雀部> 続編の映画が公開される前に、前の作品のTV放映があるようなものでしょうか(笑)TVでの放映権利料も、映画の大事な収入源のひとつではありますし。
 時間がかかるのは、色々綿密な取材をされているからしょうがない面もあると思いますが。
 『鯨の王』で、マッコウクジラが非常に大きい音が出せることを初めて知りました。実際にその音を発して獲物を痺れさせて食べるとかしてるんですか?
藤崎> そう考えられてますね。実際にそうやって補食しているところが、観察されたわけじゃありませんけど――。ただマッコウクジラと一緒に泳いだカメラマンの話だと、彼らの出す音っていうのは、すごい振動になって体に伝わってくるそうです。それこそ「ビリビリビリ」といった感じで、さすがに意識がなくなるほどじゃありませんが痺れたと言っていました。
雀部 > ダイマッコウの音波攻撃vs潜水艦の闘いのシーンは、手に汗握る描写が凄かったです。あの超音波による攻撃はどういった攻撃法なんですか?
藤崎 > 超音波での破壊については、すでにある技術の延長で「頭部内の体液中にキャビテーションを発生させること」と想定していました。
雀部> なるほど、気化による脳圧上昇で爆発しちゃうんだ。
 『祈望』('10/6)は、雑誌「エソラ」に掲載された作品だそうですが、この作品は、藤崎先生としては異色なテーマを扱っていると感じたのですが、何が書かれるきっかけとなったのでしょうか。
藤崎> 2006年に「善/悪 人はなぜ人を殺すのか」というテーマのシンポジウムで、カリフォルニア工科大学の下條信輔教授(知覚心理学・認知神経科学)のお話を聞いたのがきっかけです。ライアル・ワトソンの『ダーク・ネイチャー』やマット・リドレーの『徳の起源』などを引用しながら、主に人類学的な観点と進化心理学的な観点から、善悪の起源を論じる内容だったと記憶しています。シンポジウムの最後のディスカッションでは「自由意志」の問題にも触れていました。それで善悪や「罪と罰」といったことにも科学的なアプローチが始まっていたのか、と感銘を受けたわけです。
雀部 > 私が「脳(神経)倫理学」のことを知ったのは、マイケル・S.ガザニガの『脳の中の倫理』('06年)ですが、SFでもロバート・J・ソウヤー氏の《ネアンデルタール・パララックス》シリーズ('05年)が似たような問題を扱っています。犯罪を犯した人間は子供も含めて断種されるというネアンデルタール人の世界が出てきました。
 最近では性犯罪者に対する「化学的去勢」も話題になりましたが、将来的にはどうなんでしょうね。
藤崎 > アメリカでは刑罰として「化学的去勢(chemical castration)」を適用する州が増えているようです。カナダやヨーロッパの数カ国でも導入されているし、つい最近は韓国で「化学的去勢法案」が可決されました。いずれ日本に導入される可能性も、あるんじゃないでしょうか。
 ただ化学的去勢というのは生殖能力を奪うことではなく、極端な性的衝動を抑えることなので、断種にはならないですね。それだと効果が疑問だから外科的な去勢をするべきだという人もいるし、そうすることが可能な国もあるようです。いずれに関しても賛否両論、色々とあります。
 犯罪者の子孫を断つというのは、また少しちがう話ですよね。たぶん「犯罪遺伝子」の存在を前提にしているんでしょうが、『祈望』でも書いた通り、遺伝的素質だけで犯罪者になるわけではない。脳や環境や育ちかたなどにおける様々な問題が、必ず作用しているでしょう。まあ「男になる遺伝子」を持っている人間が全滅すれば、暴力的犯罪の9割がなくなるであろうことも事実ですけど。
雀部> 確かに男が居なくなると暴力犯罪は減るんじゃないかと思いますが、女性だけで単性生殖するんですかねえ(笑)
 《ネアンデルタール・パララックス》では、犯罪遺伝子とか神を見る脳の部位とか……
 その世界では、ネアンデルタール人の犯罪率は低くて、人類(クロマニヨン?)のそれのほうがずいぶん高いという設定だったので、『ストーンエイジCITY アダム再誕』を読みながらニヤリとしたんですよ(笑)
藤崎> ネアンデルタール人がモラリストであったかどうかは全くわかりませんけど、ホモ・サピエンスほどアグレッシブではなかったかもしれませんね。それが種間競争に破れた原因の一つだったとしても、不思議ではないと思います。《ストーンエイジ》の滝田治は超人的な戦闘能力を備えているものの、どこかのんびりしたところがある。ネアンデルタール人に対する私のイメージも、そんな感じです。
雀部 > そういえば、滝田たちが初めて<想いの柱>に到着したとき、メロディそのものが歌詞になったようなハミングが聞こえてきますよね。あそこのシーンはツボでした。「脳のモジュール群」を提唱した認知考古学者のスティーヴン・ミズンが、その著書『歌うネアンデルタール』('06/6)の中で、“初期人類は、言葉ではなくてむしろ音楽様の会話をしていたはずだ”と書いているのを読んでからずっと気になっていたんですよ。
藤崎 > 私も『歌うネアンデルタール』は読みました。理化学研究所脳科学総合研究センターの岡ノ谷一夫さんも、ほぼ同じような考えをされているので、一度、取材に行きました。歌が分節化されて、言葉が生まれたんじゃないかという話ですよね。
 それは初期人類の歌がスキャットのようだったと仮定すれば、わかりやすい。「シャバダバダー」が狩りに行く歌、「シュビドゥビドゥー」が豆を拾いに行く歌だったとすれば、たまたま両者に共通していた「シ」が「行く」という意味に使われ始め、「バダバダー」が「狩り」、「ビドゥビドゥー」が「豆拾い」になったと――。ホモ・サピエンスの場合は、そうだったのかもしれない。
 だけどスキャットじゃなくてハミングのような歌――より原初的だと思いますけど――が、それ自体で複雑なコミュニケーション手段になることも、あったんじゃないかと想像したわけです。物事の抽象化や概念化を必要としない世界では、そういうアナログ的なやりかたが発展したんじゃないかと。
雀部> 『ストーンエイジCITY』の中で、“人類が事実上、一属一種の状態になってしまったことは、そもそもの不幸でした”と書かれていますが、まさにその通りですね。三部作は完結しましたが、もしネアンデルタールとの共存共栄の未来があるならばという続編は書かれないのでしょうか。
藤崎> いえ、このシリーズはあまりに売れなかったんで、残念ながら続編は書きたくても書けないと思います(苦笑)。それはそれとして、テーマ的には非常に面白い。実際に複数の人類種が併存していた数万年前へタイムトラベルして、何が起きていたのか、あるいは何も起きていなかったのか、取材してみたいもんです。
 それはかなわぬ夢だったとしても、現状で参考にすべき事象があるとすれば、それは発達障害、とくに自閉症スペクトラム障害(ASD)と呼ばれている人々と、定型発達をした人々、いわゆる「健常者」との関わりですね。僕は『ストーンエイジCITY』を書くためもあって、ごく短期間ですけど養護学校や福祉施設でボランティアをしてみましたが、色々と気づかされました。
 誤解されないよう祈りますが、一属一種になってしまった人類にとって、障害者の方々の存在には大きな意味があると思います。医学的な問題や、つき合いかたの問題などとは別に、なぜ、あのような方々がいるのかということを、もっと真剣に考えなければいけないんじゃないかという気がしています。それは僕にとっても、今後の課題の一つです。
雀部 > 私も発達障害の方が入所している施設の歯科医をさせてもらっているのですが、脳の使い方は、今の人類とは違ったアプローチもあるのかなぁと思います。
 『鯨の王』に出てくるダイマッコウ(普通にイルカでも良いんですが)とコミュニケーションが取れるようになると面白いですよね。
藤崎 > ええ、発達障害の方々もそうなんですが、兄弟種のいない人類にとって、もう一つ大事にしなければならないのは、我々から見て「知的」と考えられている動物でしょう。その代表格はチンパンジーやボノボで、彼らについての研究から我々自身に関する多くの洞察が得られたと思います。おそらくクジラやイルカも同様に、我々の「鏡」になってくれるんじゃないでしょうか。
 実は、どんな動物も、それぞれのありようにおいて「知的」なはずだと私は考えているんですが、あまり人間からかけ離れてしまうと、おそらくその知性を理解するのは格段に難しくなる。でもチンパンジーくらいだと、根気よく研究を続ければ、彼ら特有の「頭の良さ」というものが理解できて、それが非常に新鮮な衝撃を与えてくれる。最近も彼らのフォトグラフィック・メモリー(直感像記憶)が人間より優れていることが明らかになって、世界的に話題になりました。
 同じことは今後きっと、クジラやイルカの研究からもたらされるでしょう。彼らの脳化指数は我々に最も近いし、社会生活を営むことや、音声でコミュニケーションすることなど、多くの共通点がある。だから知性の面でも、きっとどこかに接点がある。一方で水中に暮らしていることなど、我々と全然ちがう面もある。変に擬人化するんじゃなくて、彼らの知性のありようをそのまま理解できたら、きっとすごい影響があると思います。
雀部> ご紹介ありがとうございます、初耳でした(汗)>チンパンジーの直感像記憶
 『ストーンエイジCITY』では、光合成が出来る植物化した人間の可能性も示唆されていますが、これから地球環境がどんどん変化して行くとしたら、藤崎先生は地球環境を人類の支配下に置こうとされますか、それとも人間自体が、その環境に適応すべく変化していくほうを選ばれますか。
藤崎> 私が選ぶんですか……う〜ん、少なくとも前者ではないですね。かといって自分が変化して適応しようとするかというと、それもわかりません。案外、じたばたしながら滅びていくことを選ぶかもしれない。あるいは自分の選択とは関係なく、変化しちゃうかもしれない。まあ、状況次第でしょうか(笑)。
雀部 > 私も半分植物と化した人間になるのはご遠慮したいのですが、ストリートチルドレンの“山賊”のような生き方が広まると面白いですね。日本では、西洋型――資本主義経済下――の生き方が規範となってしまっていますが、これも一属一種では先が見えていると言わざるを得ませんよね。
藤崎 > 東洋・西洋といっても、所詮は同じ人間だから大差ないとも言えます。もっと異質な「他者」が必要な気がしてなりません。せめてチンパンジーとボノボの間くらい異なる人間がいてほしいんですけどね。ご存知でしょうけどチンパンジーはオス中心の、ある意味で暴力的な社会を形成している一方、ボノボはメスが中心で、暴力の代わりにセックスが社会秩序の維持に重要な役目を果たしている。ホモ・サピエンスはチンパンジーに近いですが、一方にボノボ的な人類種がいてフリーセックスを楽しみながら平和に暮らしていたとすると、ちょっとは羨ましくなって色々と考えるんじゃないでしょうか。
雀部> ちょっとじゃなくて、無茶苦茶羨ましいですけれど(爆)
藤崎> ところで、ある福祉施設でボランティアをしていたとき、とても印象に残る出来事がありました。やや重篤な発達障害のある30代くらいの男性が、施設の庭にある花壇の前で何かしている。見ると花壇の土を手でつかんでは、自分のパンツの中に入れているんですよ。そしてズボンの裾から土をボロボロこぼしながら歩いて、建物に入ってくる。もちろん周囲は大騒ぎですし、かなり衝撃的な光景でした。
 それがずっと気になって時々、思い出していたんですが、1年以上も経ったある日、突然ひらめいたんです。もしかしたら、あの人は自分が花壇に生えているのと同じ植物だと思っていたんじゃないか。だから自分の「根っこ」にも土が必要だと思ったんじゃないか? 実際はわかりませんけど、そう言えば施設職員の人も「花壇を見ると時々やるんだよね」みたいなことを言っていた気がする。なるほどと理解したとたんに、第二の衝撃が襲ってきた。「健常者」から見ると全くわけのわからない行動でも、当人にとっては実に論理的だった可能性がある。
 私としては、こういう衝撃を時々、与えてくれる人が近くにいてくれたらいいな、と思っています。一緒に暮らすのは大変でしょうけど……。
雀部 > そうか、根っ子に土をやっていたのかも知れないのか……
 そういうとんでも無いことを考えつくのは、SF作家の使命だと思うのですが、いかかでしょうか?(笑)
藤崎 > いや、私が考えついたというより、多分その人が当たり前と考えてやっていたであろうことに、1年以上もかけて、ようやく思い至ったということです。あれを見なければ、自分を植物だと信じている人がいるかどうかすら、考えることはなかったでしょう。私の想像力は、その程度なんですよ。
 柳田国男が『山の人生』で「我々が空想で描いて見る世界よりも、隠れた現実の方が遙かに物深い。また我々をして考えしめる」と言っていますが、実際そうだなあ、と思うようなことに、このところよく出会うんです。それを望んでいるせいもあるんでしょうけどね。にもかかわらず小説を書き続けていくとすれば、どうしたらいいのか?
 おそらくエンタテインメントに徹するのが健全なんでしょうが、それはそれで簡単ではない。まあ、試行錯誤していくしかないと思います。
雀部> なるほど。さすがに色々考えてらっしゃいますね。
 今回は、二回目のインタビューありがとうございました。
 現在執筆中の著作、また近日発行の本がございましたらお教え下さい。
藤崎> 色々考えているっていうのは、往々にして何も考えてないのと同じなんだよね(笑)。
 近日発行の本はありません。現在、執筆中というか執筆準備中で、すぐにでも取りかかろうとしているのは二作品です。同時並行的に書いていくつもりですが、少なくともどちらかは来年中に出したいですね。……と、すでに気弱な発言ですが(苦笑)。
雀部 > 期待してます!とプレッシャーをかけておきましょう(笑)


[藤崎慎吾]
1962年、東京都生まれ。埼玉県在住。米メリーランド大学海洋・河口部環境科学専攻修士課程修了。科学雑誌の編集者や記者、映像ソフトのプロデューサーなどをするかたわら小説を書き、1999年に『クリスタルサイレンス』(朝日ソノラマ)でデビュー。同書にて「ベストSF1999」国内編第一位を獲得。以後、『蛍女』《ストーンエイジ》シリーズなどの作品で、新時代の本格SFを担う書き手として注目を集めている。現在はフリーランスの立場で小説のほか科学関係の記事やノンフィクションなどを執筆している。日本SF作家クラブおよび宇宙作家クラブ会員。
ホームページは、http://www.hi-ho.ne.jp/shinichi-endo/i-Fujisaki/
[雀部]
藤崎先生の小説やノンフィクションは、本当に濃密かつSF度が高いので、嬉しい反面ロートルの脳みそには凄い負担がヽ(^o^;)丿

トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ