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Author Interview

インタビュアー:[雀部]&[藤崎]

『生命の星・エウロパ』
> 長沼毅著
> ISBN-13: 978-4140019924
> NHKブックス
> 1020円
> 2004.3.25発行
 1995年、ガリレオ探査機によって木星の第二衛星・エウロパ表面にあるリッジ・カオスなどの地形の詳細が明らかになった。これらの形成理論と精密な観測結果から、厚い氷の下には、海と火山活動があることが確実視されるようになった。著者は、生命は火山活動によって地中から湧出する化学物資と化学反応の「場」としての水があれば誕生できるという。深海・地底としった地球の極限環境微生物の研究成果から、光合成の不可能な太陽系の辺境に棲む生命の存在可能性を探る。地球生命からエウロパ、そして宇宙に普遍的な生命の姿を考察し、さらには「生命とは、エネルギー流の渦である」という生命の本質に迫る野心的な試み。

『深層水「湧昇」、海を耕す!』
> 長沼毅著
> ISBN-13: 978-4087203639
> 集英社新書
> 660円
> 2006.10.22発行
 100億人が贅沢なマグロで満腹! も夢ではない。栄養豊富な深層水が表層まで上がり光と出会い、豊かな漁場となる。この海洋現象「湧昇」に着目して海のメカニズムを分析・解説し、持続可能な食の供給源としての海洋の活用方法を提言・検討する。

『長沼さん、エイリアンって地球にもいるんですか?』
> 長沼毅著(対談集)
> ISBN-13: 978-4757160439
> NTT出版
> 1500円
> 2009.7.2発行
 極地や深海を渡り歩き、「科学界のインディ・ジョーンズ」の異名をとる生物学者が、地球外生命をめぐってタレントや茶道家、最先端の科学者と語り合う最新生命論入門。アッと驚く生命論の現在を紹介し、科学する楽しさを伝える。昨年、日本科学未来館でおこなわれた「エイリアン展」におけるイベントでの対談集。

『宇宙がよろこぶ生命論』
> 長沼毅著
> ISBN-13: 978-4480688149
> ちくまプリマー新書
> 780円
> 2009.7.10発行
 宇宙生命よ、応答せよ。数億光年のスケールから粒子レベルの微細な世界まで、とことん「生命」を追いかける知的な宇宙旅行に案内しよう。「宇宙の中の自分」を体感できる、宇宙論と生命論の幸福な融合。

『「地球外生命体の謎」を楽しむ本』
> 長沼毅著
> ISBN-13: 978-4569776804
> PHP研究所
> 476円
> 2010.4.30発行
 「宇宙生物」というと映画やテレビ番組に登場する異形の生物を思い浮かべがちですが、この本では興味本位の宇宙生物は取り上げておりません。天文学や惑星科学、生物学など最先端の知識にもとづいて、宇宙生物の存在を科学的に検証しようと試みたものです。なぜ宇宙に生物がいるといえるのか、いるとすればどこにいるのか、その根拠は? といった素朴な疑問から、宇宙人に会うために必要なこと、宇宙人の発する電波をキャッチする方法など、具体的な方法論まで紹介しています。また、地球生物こそ私たちが知っている宇宙生物の実例という観点から、「生命とは何か」についても詳しく解説しています。果たして、私たち人類は「宇宙人」と本当に出会うことができるのでしょうか。本書を読んで、その答えを一緒にみつけてみませんか。

『辺境生物探訪記 生命の本質を求めて』
> 長沼毅・藤崎慎吾共著
> ISBN-13: 978-4334035754
> 光文社新書
> 1400円
> 2010.7.20発行
 深海底、地底、砂漠、北極・南極、火山、宇宙空間......辺境(極限環境)に棲む微生物に学び、生命の起源を探る。「科学界のインディ・ジョーンズ」とSF作家による極限対談。

『生命の起源を宇宙に求めて パンスペルミアの方舟』
> 長沼毅著
> ISBN-13: 978-4759813364
> DOJIN選書
> 1700円
> 2010.11.30発行
 生命の起源は地球にあったのだろうか?宇宙空間を飛び交う生命の種が、地球に飛来し、進化して人間になったと考えてもおかしくないのではないか?本書では「パンスペルミア説」として知られる、地球生命の宇宙起源論を、さまざまな証拠をもとに精緻に論証する。地球から始まる生命の起源を探る旅は、火星、彗星、天の川銀河などをめぐり、どこへ漂着するのだろうか。

『世界をやりなおしても生命は生まれるか?』
> 長沼毅著
> ISBN-13: 978-4255005942
> 朝日出版社
> 1600円
> 2011.7.5発行
 「生物」の常識をぶっ壊すと、見たこともない「生命」の姿があらわれる。
生命とは何か? 生命は「なぜ」存在するのか?――謎の深海生物、生物進化、人工生命、散逸構造、そして地球外生命まで。想像を超えた世界に、その答えの手がかりはある。
 世界の果てを探究する生物学者――「生物界のインディ・ジョーンズ」――が、高校生と対話し、生命という「とびっきり大きな問題」に挑む。驚くべき知見とサイエンスの迫力に満ちた、熱いセッションの記録。

雀部> 今月の著者インタビューは、藤崎先生のインタビューの際に話題に上がった藤崎先生との共著『辺境生物探訪記』や『生命の起源を宇宙に求めて パンスペルミアの方舟』を書かれた長沼毅先生です。
 長沼先生よろしくお願いします。
長沼> はい、よろしくお願いします。
雀部> なお、藤崎先生にもご参加頂ける予定です。
 藤崎先生もよろしくお願いします。
 『宇宙がよろこぶ生命論』の最初のほうに“誕生日が人類初の宇宙飛行の日なので、自分のことを「宇宙時代の寵児」だと思いこんだ”と書かれていらっしゃいますが、そう意識されたのは何歳くらいからでしょうか。
長沼> 生まれてすぐ「天上天下唯我独尊」といったのはお釈迦様でしたっけ、僕はもっと遅かったです。たぶん、小学校くらいじゃないのかな。
雀部> そう意識されたきっかけはなんだったのでしょうか?
長沼> 小学校に入ってすぐに両親が全10巻の百科事典を買ってくれたんです。よくありがちなアイウエオ順のじゃなくて、日本の歴史とか動物・植物とか天文・宇宙とか体系的にまとめられているやつ。ふつうの小学一年には難しいだろうけど、僕はけっこう読めたんです。で、天文・宇宙の巻ばかり読んでた。たぶん、その中にガガーリンによる人類初の宇宙飛行の件(くだり)が書いてあったのだろうと察します。
 天文・宇宙の巻は手垢で真っ黒になったけど、動物・植物の巻は真っ白のままでした(笑)。
雀部> 最初は天文・宇宙に興味を持たれていたんですね。
 宇宙生命体の発見が夢となられたのはいつ頃からなのでしょうか(また、そのきっかけはなんだったのでしょう)
長沼> 1977年、僕が16歳、高校1年の頃、2つの大発見がありました。木星の第一衛星イオに火山活動があること、そして、太平洋のガラパゴス諸島沖の海底に熱水噴出孔(このときは温水というくらいでした)があって、そこに謎の深海生物「チューブワーム」が高密度に生息していたことの2つです。
 その後すぐにすごい説が提唱されました。イオのお隣の第二衛星エウロパは氷に覆われているが、その底にも火山があって、氷の底が融けている、つまり、氷底下の海底火山がある、そこに生物が住んでいる、という説です。
 1984年、僕が大学院に進んだ頃、エウロパの海底火山と生物を題材にしたSF『2010年宇宙の旅』(アーサー・C・クラーク)の邦訳が出ました(原書1982年)。この辺りから、「エウロパの生命探査」という具体的な研究イメージが浮かんできたのは。
 1987年、大学院生の僕は日本人の手による初の熱水噴出孔調査の航海(南太平洋)に参加させてもらっていました。カメラ越しとはいえ初めて目にする熱水噴出孔とその生物群集に僕は興奮しました。そのまま深海生物の研究者としてJAMSTECに就職できたことが大きいですね。「エウロパの生命探査」ひいては宇宙生命探査を、夢のまた夢ではなく、「もしかしたら叶うかもしれない夢」と思うようになってきました。
雀部> 『2010年宇宙の旅』を読まれてから「エウロパの生命探査」を目指されたんですね。
 宇宙生命を見つけたいしコンタクトもしてみたいと私も思っているのですが、『2010年宇宙の旅』のように、エウロパの土着生命のオリジナリティを尊重してコンタクトしないという立場もあると思いますが。
長沼> 『2010年』では中国隊がファーストコンタクトの暴挙を犯して、エウロパ生物(植物のような光栄養生物)に全滅させられてしまったでしょ。土着生命を尊重するからコンタクトしないという倫理的な話は、すべての人間に通用するわけではないのです。
 『2010年』ではむしろ、モノリスからのメッセージとして、「これらの世界はすべて、あなたたちのものだ。ただしエウロパは除く。決して着陸してはならない。」と命じられています。こういう、あたかも神のような絶対的な存在から命じられない限り、人間ってのはやっちゃうでしょうね、コンタクトを。そもそも、好奇心こそ、人間の最上の美徳のひとつなのですから。
雀部> 好奇心に負けて身を滅ぼすなら本望だと。そういえば「朝に道を聞けば夕べに死すとも可なり」の故事もありますね。
 SFやSF映画(ドラマ)で、好きな異生命体とか気になる異生命体がありましたら、教えて下さい。
長沼> まず、イギリスの天文学者、と矮小化しちゃっていいのかな、とにかくマルチな科学者であるフレッド・ホイルの『暗黒星雲』にでてくるガス星雲生命体ですね。星雲そのものが生命体なの。この宇宙にある「4つの力」(強い力、弱い力、重力、電磁気力)のうち、地球生物は「電磁気力」のからみで生きているけど、星雲生命はもしかしたら重力をも利用しているかもしれない。
 それから、やっぱり『ソラリスの海』ですね、惑星をおおう海全体が生命体であるような。これは夢がある。その惑星が中心恒星の周りを回るんじゃなく、放浪惑星だったりしたら、もっと面白い。あるいは、中心恒星そのものが放浪恒星で、それと一緒に宇宙を旅してるなんて考えたら、すてきじゃないですか。
雀部> 『宇宙がよろこぶ生命論』でも、電磁波をエネルギー源とする生命体として“ガス星雲生命体”が紹介されてますね。この二つはSFファンなら知らぬ人は居ないというくらい有名な異星生命体ですね。
 ご著書の『生命の起源を宇宙に求めて』でも、食料問題からソラリスの存在がありうるかどうかを論じられていますが、大きさはどうなんでしょうね。恒星化するにはちと質量が足りないくらいかな〜。
長沼> なにも地球みたいなケイ酸塩岩石惑星ばかりを想定しなくてもいいでしょう。宇宙における元素の分布にはムラ(不均一さ)があって、その中でとくに放射性核種が濃集してるところで惑星ができたら、それは自前の放射性核種の熱源(ラジオアイソトープ・サーモ・ジェネレーター、RTG)をもつことになるのではないでしょうか。確か、宇宙探査機や火星のローバーなんかはRTGを積んでますよね、機器を温めておくために。あれの惑星版みたいなのがあってもいいんじゃないかと思うのですが。
雀部> 危なそうな気もしますが、核の中なら放射線はあまり漏れては来ないかな。地震があるとヤバイかも(笑)
 JAMSTEC(海洋研究開発機構)ではどんなお仕事をされていたのでしょうか。
長沼> JAMSTECは当時は「海洋科学技術センター」という名称で、略して「海技センター」と呼ばれていました。科学の「科」の字がすっ飛ばされるような、まるで工場のような研究所です。ところが「うちもそろそろバイオだの微生物だのやるか」ということになり、微生物研究者の募集があったのです。それで深海研究部という部署に採用されたので、僕の仕事は深海微生物学がテーマになりました。
 といっても、深海微生物のサンプリングと培養をするのは余技みたいなもんで、本業は「深海微生物プロジェクト」の立ち上げです。で、企画部の兼務を命じられました。企画部というのはオカネ(予算)をとってくる部署です。とにかく深海調査より3Kな職場で、夜がまだ暗いうちに帰宅できればラッキー、空が白んでからいったん帰宅・仮眠、また出勤という日々が続きました。が、その甲斐あって、オカネがつきました。
雀部> 研究者にとってオカネの問題は切実ですよね。映画『コンタクト』でもジョディ・フォスターが冒頭から苦労していたし、藤崎先生の『鯨の王』でも鯨類学者須藤がやはり苦労している(笑)
藤崎> 須藤が出たので乱入します。夢のある研究は、だいたいオカネに苦労しますよね。『コンタクト』のモデルになったというカリフォルニア州ハットクリークのアレン電波望遠鏡群(ATA)も、まさに資金難で4月から観測休止になったとか。現在、ATAを運営するSETI(地球外知的生命探査)研究所は、募金を募ってます
長沼> 僕はそれほど大きなプロジェクトを動かしたわけではないので、オカネもそれほど要りませんでした。むしろ、自分の身の丈より多額のオカネを頂くと、かえって委縮してしまうような貧乏性で(笑)。できれば、ヒモつきでない、自由に使えるオカネが年間500万円くらいあれば、自分の身の丈に合っている気がします。
 身の丈といえば、15年くらい前によく手相を観てもらいまして、いろいろな人に観てもらったのですが、いつも共通した占いは「あんた、課長どまりだね」(笑)。つまり、社長はおろか、部長の器量すらない、と。大学でいえば、准教授どまりってところ。33歳で助教授(いまの准教授)になったときは「この若さで助教授」と持て囃されたものですが、それから18年間ずっと昇進なし、万年ヒラ准教授という「身の丈」は手相に現れていたんですねぇ。
藤崎> いや、先生の身の丈は地球の基準じゃ計測不能だと思いますよ。それはともかくとして、研究費がほしいあまりヤバイ金づるつかまえちゃったとかいう話はないですか。あるいは須藤のようにヤバイと知りつつ手を出したとか?
 例のBC兵器(の検出装置?)開発に関わった件なんかは、どうでしょう。
長沼> あぁ、某国警視庁のバイオテロ部隊とのお付き合いね。あれは「開発に関わる」なんて大そうなもんじゃなくて、飲み会の席で助言というか、プチ・アドバイスしただけですよ。いわゆるPCR(酵素的遺伝子増幅反応)で病原菌の遺伝子を検出したり、あるいは、微生物細胞をバラバラにしてその中に特定の病原菌の成分(毒素など)があるかないかをGC-MS(ガスクロマトグラフィー・質量分析)で検出したりするようなことをね。これはオカネもらってません。
 ヤバイ金づるねぇ、何となく雰囲気でわかるんで、あまり付き合わないようにしてます。そもそも僕は小さい人間なので、欲しいオカネの額も小さいの(笑)。だから、研究費欲しさにやばい仕事に手を着けることはないんですよ。
藤崎> 実を言うと、先生はいつも世界を飛びまわっているし、それもアクセスし難いところが多いから、わりと研究費は潤沢にあるほうなんじゃないかとイメージしてました。それでも500万円で足りるんですか。
長沼> 何人もの従者を連れての大名旅行をするなら、その10倍くらいのオカネが必要でしょうけど、とにかく「せいぜい課長どまり」なので、一人か二人の旅。それなら、500万円もあれば御の字でしょう。
雀部> 費用対効果の優れた科学者であられると……(笑)
長沼> ところが、オカネ(予算)だけならまだいいのですが、今度はヒト(組織、定員)もつくるというので、総務部の兼務まで命じられたのです。これはオカネ以上に大変でしたが、何とか定員増と定員外職員、いまでいうポスドクの枠も付けてもらえることになりました。
 ところがところが、JAMSTEC初のポスドクです、何をどうやっていいかわからないので、とりあえず実験台として「おい、長沼くん、君がなれ」。さらに、それまでなかった単身赴任も想定したので、これも実験台として「おい、長沼くん、君が(外へ)出ろ」。和光の理研に出向させられました。
 挙句の果てに、放射性同位元素(RI)実験室の新設に不可欠なRI取扱主任者免状を取れと。研究部・企画部・総務部の兼務、プロパー研究者からポスドクへの身分変更、理研への出向、超難関の国家資格の取得……この間に長女が生まれたんですが、いつ仕込んだんだろう(笑)。とりあえず、ボロボロになりながらも全部クリアして、その御褒美にアメリカに行かせてもらいました。カリフォルニア大学サンタバーバラ校の海洋科学研究所です。
雀部> 八面六臂の大活躍というか色々な仕事をこなされていたんですねぇ。
 カリフォルニア大学海洋科学研究所ではどんな研究をされていたのでしょうか。
長沼> JAMSTECで奴隷してる間(笑)、深海微生物プロジェクトを立ち上げるのに米国視察団というのを組んで、米国の主な海洋研究所を廻ったんです。もちろん、僕は添乗員みたいな小間使い。でも、そのおかげで、各地の研究内容やレベルを知っただけでなく、気候や治安、土地柄のようなものを肌で感じることができました。その結果、僕が選んだ場所は、気候温暖、風光明媚、そして日本よりも治安のいいサンタバーバラでした。つまり、研究内容より生活重視ってこと(笑)。
 サンタバーバラ校の生物学部には謎の深海生物「チューブワーム」の大家がいて、世界でもトップクラスの研究をしていました。ジム・チルドレス(James Childress)っていう人。もちろん、僕はジムに会いに行きました。でも、これが変な人で、テキサスハットをかぶって全身に緑色のアクセサリーを付けてるの。で、僕にいきなり「What do you want?」って訊くわけ。いかにもテキサスっぽいじゃないですか。本当はどこの生まれか知らないけど。まあ、この人とはやっていけないなと思ってぶらぶらしてたら、目の前に新設されたばかりのマリンバイオテクノロジーセンターが!米国でも初のマリンバイオ専用機関です。そのスタッフのひとりが大の親日家で、僕を快く受け容れてくれました。アーロン・ギボア先生(Aharon Gibor)。ところが、 研究テーマは海藻(汗)、暗黒の深海に藻が生えるわけないじゃん!
雀部> マリンバイオは、米国でも最先端だったんですね。
 JAMSTECでは深海微生物部門だから、海藻はちと畑違いだと。
長沼> いや、問題は研究の内容じゃないんです、JAMSTECが納得するか否かなのです。そこで、僕は「これからは深海生物の博物学だけでなく、バイオの基礎と応用の中間路線、しかも、新機軸の深海バイオが必要」とかいって。そのために、ここで海藻も含めた幅広いマリンバイオを学ぶのだと。これが、当時の基礎(文部省)と応用(通産省)の狭間にあった科学技術庁の心をくすぐったのですね、大成功。
 僕はすぐに、需給バランスが崩れていた、つまり需要過多の寒天に目をつけ、その原料藻であるテングサのバイオを始めました。院生2人といっしょに、寒天分解酵素をつくる菌を発見して、そこから寒天分解酵素を精製し、それをつかってテングサのプロトプラスト(細胞壁のない裸の細胞)を得たうえで、プロトプラスト同士を細胞融合させ、そこから組織培養する。世界初のテングサ・バイオは大成功でした。
雀部> テングサ・バイオは、なんか身近に感じますね。歯科で良く使う印象材は、海藻から取れる多糖類であるアルギン酸と石膏を混ぜたものですから。(水と混ぜるとぺちゃぺちゃした柔らかい粘土みたいになり、時間が経つと固まるヤツです。)
長沼> ところがところが、老齢だったギボア先生はどうやら「いま辞めたら退職金を多くする」と肩たたきされたらしく、ある日突然、「自分は辞めたから、このラボもおしまい」と去っていくのです。アメリカの現実を知りました。僕はいいけど、院生とかポスドクとかは、しばらく呆然としていましたね。
 それでまたぶらぶらしてたら、マリンバイオテクノロジーセンターの所長が「うちのラボに来ないか」と呼んでくれました。ダン・モース先生(Daniel Morse)。アワビの発生や貝殻の真珠層の形成(バイオミネラリぜーション)を中心にトップクラスの研究をしている人です。僕はテングサの経験をそのまま活かし、アワビの組織培養をしました。すると、フラスコの中でアワビの細胞がどんどん増殖し、やがて、筋肉細胞が分化してピクピク動き出したのです。この論文を専門誌に投稿したら三日目に受理されて、モース先生も「こんなに早い受理は初めてだ」と喜んでくれました。
 というところで、2年間のアメリカ生活も終わり、日本に帰ったときは何の深海生物学も学んでいませんでした(汗汗)。
雀部> (笑)
 アワビは高級食材だから、商業化できないんですか?
長沼> さあ、どうでしょうかねぇ。国際アワビ学会というのがあって(笑)、そこがリードしてくれたら、そういう動きにもなるんじゃないでしょうか。アワビの肉だけ組織培養で生産する時代がくるかもしれませんね。
雀部> アワビとかマグロなんかは、需要がありそうですけどねえ……
 日本に帰られてからは、どうされたのでしょうか?
長沼> はい、真面目にJAMSTEC深海研究部の研究員として、いや、新設されたばかりの深海微生物プロジェクトのポスドクとして(笑)、ふつうに深海微生物の研究に取り組みました。そりゃ、潜水船「しんかい6500」に乗ったり、無人探査機でチューブワームを採ったり、そして、チューブワームの共生微生物を調べたり、楽しい毎日でした。
 でも、深海という、めちゃ面白いけど、極限環境、つまり特殊環境のことばかりやっていて、はたして普遍化ができるのだろうか、という問題意識は常にありました。つまり、サイエンスというのは普遍性があったほうがいでしょ。もし、普遍性がなければ、それはローカルな話題であり、よくあるタコ壺研究者(いわゆる専門家)で終わってしまうじゃないですか。
 僕は普遍的なサイエンスに至れるような学者になりたかったので、深海以外もあれこれ勉強し、研究し、発表しました。そのひとつが広島大学の先生の目にとまり、広島に呼んでもらったきっかけになったのです。
雀部> かつてNHKに出演されたときに“科学界のインディ・ジョーンズ”と呼ばれた長沼先生ですが、世界各地で、インディ・ジョーンズのように異生命体ならぬ異性との出会もあったのではないかと想像しているんですが?
長沼> ノーコメント(笑)。一般論でいえば、仮に出会いがあったとしても、相手のあることなので、(特にこういうウェブの場では)口を閉じるのが礼儀だと思います。
藤崎> 横道なので乱入します。以前、某雑誌のために長沼先生の記事を書いたことがあるんですけど、その時に大学時代から先生を知っているという二人の方に話を聞きました。すると、どうやら学生時代の先生は非常に人格高潔でかつ中性的な、お釈迦様のような方だったという証言が得られました。ところが卒業後、何年かして会ってみると、同一人物とは思えないほど人格が変わっていたため、おそらく異星人にさらわれて改造されたのだろうと語っていましたが、実際にそういうことはあったのでしょうか。
長沼> キャトル・ミューティレーションっていうんでしたっけ、UFOが牛の血を抜きとっちゃう事件。僕もやられたかもしれません、マッド・サイエンティスト・ミューティレーション。
雀部> (爆笑)
 パンスペルミア説なんですが、『生命の起源を宇宙に求めて』では宇宙塵のアイスマントルに中性子星からの円偏光やβ線が作用して、複雑有機物が出来たという仮説を紹介されてますが、ブラックホールから出ている宇宙ジェットはどうなんでしょう。ジェットからの放射は、バキバキ偏光しているそうだから、やはり光学異性体の一方だけが出来やすいし、エネルギーも半端無いし(笑)
長沼> それもいいと思います。線源や線種がなんであれ、(右でも左でも)ホモキラリティが生じることが偶然なのか必然なのかが大事なので。あるいは、われわれ地球生物の「左手型アミノ酸」のホモキラリティが偶然なのか必然なのか。逆に言えば、われわれと異なる「右手型アミノ酸」の生物はこの宇宙中のどこにもいないのか、という問題です。
雀部> 個人的には、右手型アミノ酸生物は、いそうな気がしますけどねえ。太陽系内では無理でも。
 『深層水「湧昇」、海を耕す!』で、善玉プランクトンの代表としてケイ藻を取り上げていらっしゃいますが、炭素以外の、例えば珪素をもとにした生命体の可能性はあるのでしょうか。
長沼> 昨年の12月、僕が南極に行ってた頃、「リンの代わりにヒ素を使う菌」が話題になっていましたよね。元素の周期表でリンの下にヒ素がある(化学的性質が似ている)。で、DNAのリン酸をヒ酸に置き換えているような微生物のことです。そういう理屈が通ってしまう実例が発見されたからには、元素の周期表で炭素の下にあるケイ素を使う生命体があってもいいでしょうね。
 ケイ素生物(シリコン生物)は、これまでにもしばしば語られてきましたが、そのたびに否定されてきました。なぜ否定されるのか。ケイ素化合物のほとんどはガラスや岩石みたいに硬いし、水に溶けない、こういう性質は生物体をつくるのに不適であると思われているからです。でも、ケイ素化合物のラインナップを眺めると、あながち硬派ばかりでないことに気づきます。たとえば、粘土は柔らかい「軟派」のケイ素化合物です。それから、バストや鼻の美容整形に使われるシリコーンは、人工合成した有機ケイ素化合物です。
 そして、シリコン生物の体はシリコン主体ですが、栄養物までシリコンである必要はない。デンプンやブドウ糖などの有機物でもよいです。それを食べる口は、粘土がいいですね。冷蔵庫の脱臭剤と同じように、粘土は「比表面積」というのがやたらにでかくて、1グラムあたり数十平方メートルかそれ以上もあります。そこに空気中や水中の有機物を吸着させ、濃縮して食べる。冷蔵庫の脱臭剤は実は「冷蔵庫の口」でしたというのと同じようなことです。
雀部> 実は珪素生命体のお口は脱臭剤だった!これはSFのネタになりそう。
 超好熱細菌の「ブラックスモーカー」は、本体の細菌の色はたいていは半透明で黄色とか赤色が多いと聞いたことがあるし、チューブワームの鰓は赤い色をしているそうですが、この色には何か意味があるのでしょうか。光を利用する必要がないので、色はあまり関係ないのかと想像していたのですが。
長沼> 僕たちが知っている生物は、光化学反応や酸化還元反応からエネルギーを得るのですが(厳密にはこういう言い方は間違っているのですが、ここでは許してやってください)、そういう反応に使われる分子、特にタンパク質は色がついているのです。血色素のヘモグロビンも酸素がついたり離れたりすると色が変わりますね。
 たとえば、呼吸に使うタンパク質のチトクローム(シトクローム)という名前はcyto(細胞)とchrome(色素)という言葉からできているでしょ。あれも赤、青、緑、文字通り色々あります。細菌や古細菌の色のうち、黄色系はフラビン系色素じゃないでしょうか。やはり、酸化還元にあずかる色素タンパク質です。
 あと、油脂系のカロテノイド系色素もありますね。抗酸化物質としてこれからブレークしそうな色素にアスタキサンチンという真っ赤な色素がありますが、これをつくる微生物も知られています。おそらく、微生物自身も抗酸化剤として使っているのではないでしょうか。
雀部> ありがとうございます、エネルギーを得るための酸化還元物質が色が付いてるんですね。
 Amazonで、『世界をやりなおしても生命は生まれるか?』を予約注文したのですが、これはどういう本なのでしょうか(読みました。なるほど読み応え有り(汗;)
長沼> さっそくに御予約いただき、ありがとうございます(起立して礼)。これはうち(広島大学)の附属福山中・高等学校の生徒さんとの対話の記録です。何について話したかというと、ずばり「生命」です。しかも、イノチの不思議さとか、イノチの大切さとか、ありきたりのイノチ談義ではなく、「生命とは何か」という問題そのものの意味から問い直しています。
 つまり、「生命とは何か」とは何か、という二重の質問から始めたのです。これは、僕が大学生のときに読んだ『方法』という哲学書の影響です。これは全5巻からなる大著ですが、はじめの1〜3巻の副題はそれぞれ「自然の自然」、「生命の生命」、「認識の認識」というように、同じ言葉の繰り返しです。僕は、これはすばらしい「方法」だと思いました。
 たとえば、進化ということを考えるとき、「進化の進化」というと、進化そのものにズブズブのめり込むのではなく、進化を外から客体的に、相対的に、大所高所から眺めることができるでしょ。そのほうが進化の本質がよく見えるのではないでしょうか。
 こういうものの見方を、僕は「メタ」と呼んでいます。そして、物理学(フィジクス)に対してメタフィジクス(形而上学)があるように、生物学(バイオロジー)にも「メタバイオロジー」(あえて言えば命而上学)があってもよかろうと。
 この本は、実は、高校生を相手にした「メタ生物学」の講義録なのです。その意味で、言葉づかいは平易にみえるかもしれませんが、内容はおそろしく高度ですよ。心して読みにかかってくださいね(笑)。
雀部> 心して読みます。SFファンはそういうお話は大好きですから、まあ下手の横好きとも言いますが(笑)
 そういえば、『長沼さん、エイリアンって地球にもいるんですか?』も対談集でしたね。進化・変貌する宇宙とお茶の一期一会の対比の話とか、引きこもりのエイリアンとか。異分野とのセッションは実りが多いように感じました。
長沼> そうですね、これもあまり売れてないんですが(笑)、僕のなかでは気に入ってる本のひとつです。異業種や異分野の人との対話は、本当に刺激的でいいですね。ふだんはしないスポーツをして、ふだんは使わない筋肉を使うと気持ちいいのと同じでしょ。でも、やり過ぎると筋肉痛になる(笑)。
雀部> その例え、ナイスです!(笑)
 『辺境生物探訪記』でも様々な極限状態なところへおでかけになってますが、今度のご予定はどこでしょうか。面白い生物は見つかりそうですか。
長沼> そうですね、寒くないところがいいな(笑)。砂漠とか。まあ、砂漠も明け方はすごく寒いですけど。それから、空の上で一生を全うするというか、生活史のすべてが空中で完結するような生き物を探したいです。エアロプランクトンとでもいうのでしょうか。それを探しに成層圏を旅してみたいです。でも、成層圏って、やっぱり寒そう(笑)。
雀部> あら、意外と寒さは苦手なんですか(笑)
 エアロプランクトンが見つかると素晴らしいですね。エウロパとかタイタンあたりは居そうな気もしますが。
 今回はお忙しい中、インタビューに応じて頂きありがとうございました。
 藤崎先生、乱入ありがとうございました(笑)
 長沼先生・藤崎先生の今後の更なるご活躍を期待しております。


[長沼毅]
1961年、人類初の宇宙飛行の日に生まれる。生物学者。理学博士。海洋科学技術センター(現・独立行政法人海洋研究開発機構)等を経て、九四年より広島大学大学院生物圏科学研究科准教授。著書に『深海生物学への招待』(NHKブックス)、『「地球外生命体の謎」を楽しむ本』(PHP研究所)などがある。
ブログ「炎と酒の夢日記」
[藤崎慎吾]
1962年、東京都生まれ。埼玉県在住。米メリーランド大学海洋・河口部環境科学専攻修士課程修了。科学雑誌の編集者や記者、映像ソフトのプロデューサーなどをするかたわら小説を書き、1999年に『クリスタルサイレンス』(朝日ソノラマ)でデビュー。同書にて「ベストSF1999」国内編第一位を獲得。以後、『蛍女』《ストーンエイジ》シリーズなどの作品で、新時代の本格SFを担う書き手として注目を集めている。現在はフリーランスの立場で小説のほか科学関係の記事やノンフィクションなどを執筆している。日本SF作家クラブおよび宇宙作家クラブ会員。
ホームページは、http://www.hi-ho.ne.jp/shinichi-endo/i-Fujisaki/
[雀部]
『世界をやりなおしても生命は生まれるか?』は、福山市にある広島大学付属高校の生徒さんとのセッションなんですが、この高校は姪っ子(弟の長女)の母校なんですね。う〜ん、やはり世間は広いようで狭いのかも(笑)

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