収録作:
「機械の精神分析医」「機械か人か」「にせもの」「衝突」「シュムー」(以上、機械の精神分析医シリーズ)
「マカオ」「人事課長の死」「ノンバルとの会話」「魔天楼2.0」「ビブリオグラフィ」
収録作:
「二〇三八年から来た兵士」「渦」「汽笛」「水面」「ザ・ウォール」「五億年ピクニック」「消滅点」「梅田一丁目明石家書店の幽霊」「流れついたガラス」「あらかじめ定められた死」
収録作:
「猫の王」「円周率」「狩り」「血の味」「匣」「決定論」「罠」「時の養成所」「死の遊戯」
収録作:
「千の夢」「呪い」「瞳のなか」「遷移」「同僚」「シルクール」「瞑想」「抗老夢」「見えないファイル」「ファクトリー」「侵襲性」「陰謀論」
収録作:
「倫理委員会」「ミシン」「うそつき」「フィラー」「自称作家」「円環」「豚の絶滅と復活について」「チャーム」「見知らぬ顔」「ブリーダー」「秘密都市」
スマホ等で書影が表示されない方は、こちらを見て下さい。収録作の簡単な紹介(ネタバレ含む)もあります。
現在、大野万紀先生に「THATTA」とSF翻訳についてインタビューさせて頂いています。
「岡本家記録 Bookreview Online」は、それまでレビューを掲載していた紙媒体版「THATTA」誌の発行が停滞した時期に開設されたのですね。また、それと前後してペーパー版「THATTA」を引き継ぐ形で、大野万紀先生のオンライン版「THATTA」が開設されたと。
この二つのサイトは兄弟サイトと言えると思いますが、開設にあたって大野先生とご相談はされたのでしょうか。
一部に重複があるので、兄弟なのかというと、確かにルーツ的にはそうなのかもしれません。
ただ、パソコン通信の時代なら、フォーラムとか掲示板形式で他の参加者への配慮が必要でしたが、90年代末のインターネット+ホームページの時代になると、グループより個人がメインになっていったように思います。この場合もお互い個人が主催するサイトなので相談とかはなく、自由にはじめた感じですね。
そうなんですね。お互いに入り組んだ構成になっているから、相談されたのかと思ってました(汗;)
二冊目の『二〇三八年から来た兵士』では、冒頭の表題作と巻末の「あらかじめ定められた死」が、おなじテーマを扱っていて、しかるに解決方法(と言えるのかなあ……)が違いますよね。で、その解決法が、どちらもかなりエスカレートされた形で呈示されているところがSFらしくて面白かったです。
二つの作品の根底に流れているのは、「日本はこのままではダメになる、いや既にダメになっている」という、メーカーの技術職だった岡本先生が肌で感じた実感がこもっているなと感じたのですが、いかがでしょうか?
憂国とかですか、それはどうでしょう。この作品で描こうとしたのは、たしかに日本を舞台にはしていますが「日本」という特定の国、特定の状況の問題ではないんです。老人支配が続き若者が不利益を被る社会がある日逆転したらどうなるか、社会の構造を安定化させるためフルフラットな人口政策が取られたらどうなるか、という思考実験ですね。そういう意味では技術者や予言者の視点というより、トラディショナルな風刺小説の視点ではないかと思います。絶対ありえない設定ではなく、ありえるかもと思わせるディストピア的な設定にしてみましたが。
なるほど>思考実験。それもSFの特徴の一つではありますね。
「流れついたガラス」好きです。自分の大学時代と重ね合わせて読むと感慨もひとしおでした。1973年というと、うちの大学の紛争が収まって学部進学してました。教養部を3年やりましたが(汗;)。私の場合は、1971年のロックアウト・機動隊導入の年(初彼女も^^;)に、1973年のオイルショックやら『日本沈没』が刊行やら「終末から」(『吉里吉里人』連載)創刊と、東日本大震災が同時に来たみたいな感じに読めました。ハインラインの「大当たりの年」のように。
“少年にとっては、今年より自分たちがかかわる来年に関心があった。”てところにも激しく共感を覚えました。
現在の日本も大変な状況ですが、今大学生の若者も何十年後かに「流れついたガラス」を読んで大学時代を思い出してセンチになってくれると嬉しいですね。
1970年代の時代性が入っていますが「流れついたガラス」は歴史改変SFの一種です。わたしの大学生時代にあったことと(架空の)大震災とを絡めたものです。あのころは高度成長期の終わりで、日本の景気が停滞した不安定な時代でもあるわけです。その不安感があったから『日本沈没』がヒットした。後の土地バブルがなかったとしたら、20年早く日本の大停滞が始まった可能性もある。作品の結末では、神戸の大震災が暗示されています。
いつまでも成長を続ける文明は無いわけですし(ため息)
で、ディレイニーの「ドリフトグラス」なんですが、翻訳されてどういう感想を持たれたのでしょうか。『アインシュタイン交点』は、伊藤典夫先生の翻訳が出るまでに20年くらいかかりましたけど(鼎談でも難しいとかなんとかおっしゃられていた気がする)
ディレイニーは当時最先端のSF作家で、文体からしてスタイリッシュでした。はじめて訳したのでコツが分からず、あとから読み返すと誤訳もたくさんありましたね。この作品はすぐあとに山田和子さんが翻訳され、岡部宏之さんや現行版では小野田和子さんが訳されるなど、いろいろなバージョンで読めます。
一度他の作家の小説で、お二方の翻訳が出ている作品を読み比べたことがあります。
創作の面で、ディレイニー氏の影響を受けられたことはおありでしょうか。
どうでしょう。あのスタイルをまねるのは難しいので、直接の影響はないでしょうね。本国でもディレイニーに似ているとされる作家は、あまりいないと思います。
やはり継承者は居ないのか。
三冊目の『猫の王』では、前の二冊より生物学的な分野を扱った短編が多い感じがしました。「円周率」とか「決定論」とか、医学ネタなんだけど哲学的で感心しました。特に「血の味」は面白かったです。生物学的かつ戦略的なオチには唸りました。
作品を読ませていただいて、ご専門の機械知性にお詳しいのは当然として、医学・生物学方面にもお詳しいみたいなので、嬉しかったです。SFは、間口の広いジャンルなんですが、生化学・生物学方面の作品は少ないですからねぇ。
ということで、疑問なのですが、人工知能の研究者の間では――脳科学あたりは当然でしょうが――最新の生物学に精通しているのが一般的なのでしょうか。
念のためですが、わたしは人工知能のプロではないですよ。それで食っていることをプロと呼ぶのならですが。
いまの科学は一つの分野でも奥が深いので、現役で専門を積極的に広げる人はさほど多くないと思います。医学関係でもそうでしょう。ただ、生命科学に人工知能を応用したりする研究は進んでいるのではないでしょうか。わたしの場合は、アメリカの科学誌を(ペーパーそのものではなく、解説やサーベイレベルですが)よく参考にします。そこでの人気分野は、AI、遺伝子工学(生命科学)、脳科学、ネットにおける倫理問題とかで、これらの話題は研究者も注目しているわけです。組み合わせを検討することはあるでしょうね。
なるほど。確かにそういう情報収集能力は必要とされるでしょう。それを小説の形に昇華するのはまた別の才能が必要なのでしょうが。
「時の養成所」、暗いけど深読みが出来て好きな短編です。水鏡子先生の解説では「眉村天国、岡本地獄」とか書かれてますけど、この短編は別に地獄では無いですね。
そう、とてもふつうのSFでしょう。この作品はもともと眉村さんの追悼作品として書いたため、眉村さん的ではあると思います。それに水鏡子はああいうふうに影響を指摘していますが、わたしの場合眉村さんだけを熱心に読んだわけではありません。アイデアをベースにしたSFは、どこか眉村さん風に見えるのでしょうね。
(以下ネタバレにつき白いフォントで)
「時の養成所」ですが、ファウンダーが官吏を<窓>に送り規範線を維持しようとする動機が最初よく分からなかったです。
そもそも過去に干渉しなければ、規範線が揺らぐことはなかったのではないかと考えると、ファウンダーの存在そのものが何者かが過去に干渉した結果として生じたと考えるのが自然ですよね。で、彼らの言うところの“実は危うい規範線”を維持するために過去に干渉を続けているのではないかと思いました。研修生の記憶の管理も中途半端で、これでは過去に干渉しろと言っているのも同然。
ということは、時間を移動する手段があること、時間を管理する存在が居ることを、ミリたちの種族が存在している<窓>に知らしめることによってのみ、ファウンダーが存在する規範線が維持できるのではないかと想像しました。
ファウンダーがなぜ存在しているのかというと、それは人類が自らを滅ぼすついでに地球の大規模な環境破壊を引き起こしたからです。しかし、時間線は固定的ではない。つまり人工的に維持しないと、たちまち無数に分岐する時間線の中で迷子になってしまう(だから時間旅行は成立しない)。誤解している人もいると思うのですが、ファウンダーは、ファウンダーが生まれる未来につながる「里程標」を作って「安全な時間旅行」をしようとしているわけです。それが「規範線」です。別の可能性、別の未来は彼らにとって興味がない。この物語には二つの皮肉があります。一つ目は、その時間線を人類自身に守らせるという皮肉、もう一つは人類自身が無数の滅びた別の人類とともに共存するという養成所自体の皮肉です。
なるほど、確かに皮肉ですね。では「千の夢」も強烈な皮肉なんですね。
新商品ステラは、共感覚センサーを用い個人の感情の起伏を記録する情報端末。『千の夢』の中で一番好きな短編です。
ステラの仕様とか展開の仕方によって、どうにでも結末づけられるネタなんですが、あくまで会社と社員にこだわっているところが岡本先生らしくて、結末が効果的でした。
ありがとうございます。どこがどうとは言えませんが、会社ものは実際にあったエピソードをヒントにデフォルメしています。そのためか、ご指摘の「会社と社員」の関係に還元されてしまいますね。
そうか、実際の出来事がネタ元なんですね。なるほど。
ところで「遷移」は、構成と進行がニューウェーブ的で一番面白いです。登場人物に集合論的な定義がされていて、論文調な凝った作品。でその展開の中に、突然「クァール」が登場してくるんですが、この作品は、A・E・ヴァン・ヴォークト氏へのオマージュの面があるのでしょうか。ヴォークト氏といえば、「一般意味論」ということで、キャラの定義のやり方がそれ風に感じられました。
クァール=ケアルは《ダーティペア》のキャラでもあるし、イクストルは梶尾真治さんの作品にも出てきます。つまり『宇宙船ビーグル号』は古いSFファンの原風景みたいなものといえます。でも「遷移」では物語がエスカレーションしていく中で、現実から離れるシンボルとして登場するだけなので、特にオマージュではありません。
ご指摘のヴォークト「一般意味論」は、執筆当時(1940年代頃)アメリカで流行していた理論を自分流に小説に取り入れ(わけの分からない)読者を煙に巻く仕掛けで、たしかにわたしの作品にもそういう傾向はあるかも知れませんね。
原風景ですか。確かに強烈でした。アナビスも壮大で良かったですが、一番好きだったのはどこでも通り抜ける能力を持っている「イクストル」でしたが(笑)
岡本先生は、中編〜長編をお書きになる予定はないのでしょうか。「渦」とか「汽笛」、「時の養成所」なんかは長編バージョンも読みたいです。特に「時の養成所」はシリーズ化できるなら最高です。
長編については検討中です。わたしの場合、短編は思いつきでも無理やり書くのですが、長編となるとプロットシートなども準備しないといけません。全体が見通せないと難しいので、ツール面をいろいろと試行錯誤中です。そこの目処が付けば書いてみようと思います。
長編、楽しみにお待ちします。上梓の暁にはぜひインタビューをお願いします。
岡本先生の小説を読んでいて一番感じるのは、機械知性と人間の近似性。だんだんと機械が進歩して人間との境界が曖昧になってくる不気味さと、反対に人間が機械に近づいていくのではないかという恐怖ですね。
そのうち、BATの楳木さんが、人間のおこした事故・事件を捜査して、機械知性相手の解明手法がそのまま通用するようになる悪夢の世界が(笑)
現在でもそういう傾向が見られますが、情報過多の世界で正常(?)な判断が下せなくなったり、人間がフィクション汚染されたりも出てきそうで怖いです。
そうですね。機械が人間に似てくるというか、実は人間はもともと機械なのではないかという不気味さですね。われわれが思っているほど、人に自由な意志などないのかも知れません。それにフェイクが蔓延した結果、すでに人間のフィクション汚染は起こっています。
“あまりに過酷な人生だと自由な意志など邪魔だ”とは、故伊藤計劃氏だったと思いますが、岡本先生の作品からは、それとは違った意味での寂寞たる感じを受けました。
さて、最新刊の『豚の絶滅と復活について』についてもお聞かせ下さい。
「陰謀論」(『千の夢』所載)を読んだ時にも感じたのですが、「倫理委員会」「うそつき」「自称作家」に出てくる機械知性は、なんか進歩しているぞと感じて、発表年度を見ると「自称作家」(2016)以外は、2021,2020年の作品なんですね。これは気のせいでしょうか?(笑)
「自称作家」に出てくるのは機械知性というより、最新の大衆操作技術(その悪用)なのですね。あとの話はいま現在起こっている問題を書いているので、ある意味時事的と言えます。ただ、同じテーマを多様に扱うという傾向はあるでしょう。
おっと少し毛色が違いましたか(汗;)
特に、「倫理委員会」は、レム氏が書きそうな作品でとても面白かったです。いやはや、よくこんな仕事を思いつかれますね。
レムとまではいきませんが、倫理を体裁だけで合わせる仕事って、この先いろいろ出てくるかもしれません。倫理すらなかったことにするわけですから、ほんとうの意味での「ブラック企業」ですね。
新たな業種のブラック企業ですか。将来はブラック企業だらけになるやもしれませんね(笑;)
「陰謀論」や「自称作家」を読んでいると、将来的には機械知性が書いた小説を機械知性が楽しむ世界が来るのか!と思わないでも無いですが、それは置いておいて(笑)
(以下ネタバレあり)
現在、音楽はサブスクで聴くのが一般的になって来てますが、小説のサブスク化は出てくるのでしょうか。テキストタイプでも音声タイプ(アマのオーディブルとか)でも良いのですが、「自称作家」や「アシスタント」のアイデアのように、視聴者が好むように内容が変化するタイプの小説のサブスク化です。
Kindleにはアンリミテッドという読み放題サービスがあります。これは一種のサブスクでしょう。本を手元に置いておけない代わりに、何を何冊読んでも定額です。読者の嗜好に合わせて筋書が変わるというのは、ゲームはすでにそうなっていますから、小説に取り入れられる可能性があります。でも、ゲームのように多額のお金をかけられない業界なので、小説エンジンみたいなものは簡単にはできません。考えてみるのは面白いですけどね。
Kindleのアンリミテッドは、単価にすると確かに安いんですけど、その作家の本を購入して応援しているという実感が得にくくて、利用してません(汗;) 作家の側からするとどうなんでしょうか?
アンリミテッドは読まれたページ数分だけ執筆者に還元されます。著者にはページ数だけが伝わる(どこの誰かは分かりません)ので、たくさん読まれたら嬉しいですね。カウントされるのは一定時間表示されたページだけで、早送りした分は入りません。
小説ではそういう仕組みになっているんですね。音楽のサブスクでは、30秒聴くと一曲聞いたものとしてカウントされると聞きました。
表題作の「豚の絶滅と復活について」も医学ネタを織り交ぜて面白かったです。豚の食肉動物としての特性とか知らなかった……(汗;) これも、その後が気になる短編で、そうとう大がかりになると思いますが、続編希望です。
なるほど。一応の決着が付いているので、続編が望まれるとは思っていませんでしたが考えてみます。
食肉関連のアイデアというと「血の味」もそうでしたが、その後の大騒動と解決策が読みたいです。
今回はお忙しいところインタビューに応じていただきありがとうございました。
SFファンには、『機械の精神分析医』が一番のお薦めだと思いました。
猫好きの方には当然ながら「猫の王」がお薦め。
会社勤めの方にはぜひ「千の夢」を読んでいただきたいです。読んだ後で、虚しさに襲われても当方は関知しませんが(笑)
レム好きには、先ほど出た「倫理委員会」や「陰謀論」が。遠大なSFが読みたい向きには「時の養成所」「五億年ピクニック」が良いでしょう。大体において表題作は面白いですからお薦めですね。
特に、Amazonのアンリミテッドに加入されている方は、ぜひ全作品を!です(笑)
ありがとうございました。まだ読まれたことのない方が大半でしょうから、ぜひご一読をよろしくお願いします。