Author Interview
インタビュアー:[雀部]
『虎と十字架 南部藩虎騒動』
  • 平谷美樹著/ヤマモトマサアキ装画
  • 実業之日本社
  • 2090円、Kindle版1986円
  • 2023.8.1発行

徳川家康から南部藩に拝領され、盛岡城内で飼われていた虎二頭、乱菊丸と牡丹丸が檻から逃げ出した。徒目付の米内平四郎は城下町に逃げた乱菊丸を見事に生け捕りするが、牡丹丸は若殿・南部重直に鉄砲で撃ち殺されてしまう。

虎捕獲のあと、平四郎らが城に駆け付けると檻の見張りをしていた番人は絶命していた。責任を取って腹を斬ったと思われたが、その死因には不審な点が。さらに檻の中にあったはずの囚人の死体が消えていた! 若殿の乱心か、領内のキリシタンの仕業か、それとも!

密命を受けた平四郎が藩を揺るがす大騒動の謎に挑む!

『貸し物屋お庸謎解き帖 五本の蛇目』
  • 平谷美樹著/丹地陽子装画
  • 大和書房
  • 880円、Kindle版836円
  • 2023.6.15発行

【収録作】

「能管の翁」元旦に、湊屋本店と十二ある出店すべてに横笛を求めて訪れた謎の翁の正体は?

「魚屋指南」魚屋の仕事道具一式を借りに来た若旦那の真の目的とは……

「五本の蛇目」慌てて借り出された五本の蛇目傘はいったい何に使われるのか?

「野分の後」猿を借りたいという客。毎夜馬小屋を訪れる怪しい影との繋がりは……

「湯屋の客」庸の馴染みの湯屋を見張る怪しい男、そして湯殿にも見慣れぬ女が現れた。

【帯の無い書影とその他の情報については別ファイルにまとめています。】

雀部 >

今月の著者インタビューは、6月に『貸し物屋お庸謎解き帖 五本の蛇目』、7月に『虎と十字架 南部藩虎騒動』を出された平谷美樹先生です。

平谷先生、たびたびお世話になりますがよろしくお願いします。

平谷 >

毎度、SFじゃなくてすみません(笑)

よろしくお願いします。

雀部 >

『虎と十字架』は、帯の煽り文句に“謎が謎を呼ぶ虎脱走事件。ミステリと時代小説の融合を試みる作者のこれが最高傑作だ!”との文芸評論家の縄田一男先生の言葉があります。舞台は南部藩ですが、今作は歴史上の傑物の伝記とか評伝形式ではないのですね。

平谷 >

人物より、「事件」に引かれて書こうと思ったんです。

盛岡には、徳川家康から拝領した虎が城に飼われていたという記録が残っています。その他に、その虎が逃げ出して町娘をくわえて街中を逃げ回ったという昔話が伝わっています。面白い話ですから、その周辺の情報・資料を色々と集めました。

雀部 >

今回の「虎騒動」も史実に基づいたフィクションなんですね。

平谷 >

【徳川実記】や、当時の宣教使の手紙、盛岡に伝わる昔話、仙台藩のキリシタンの歴史、盛岡藩の当時の事件などを組み合わせると、「家康から拝領した虎を逃がしたのは誰か?」というのが見えてきた(笑)

雀部 >

なるほど、そういう繋がりで(笑)

平谷先生の時代小説の著作で動物が出てくるというと『将軍の象 採薬使佐平次』(2013年刊)がまず思い浮かびます。これは、将軍吉宗に献上するために輸入された象を長崎から江戸へ運ぶという話で、その背後の陰謀が段々と見えてくるという……

「将軍の象」のほうが採薬使が主人公で、今回の「虎騒動」の米内平四郎は徒目付ですが、医者の息子(四男)ということで、どちらも医療関連ですね。時代ミステリと医者は相性が良いと感じているのですが、書きやすいとかはあるのでしょうか。

平谷 >

今回は、物語の必要上ですね(笑)

採薬使の方は、そういうお仕事だから(笑)

特別な意図はありません。

雀部 >

謎解きに医学知識があったほうが推理がはかどるかと思ったので(笑)

虎に餌として初老の女の死骸を与えるシーンで、なんとなく60歳くらいを想像していたのですが、その後の展開で50がらみとわかり、しまった江戸時代の話だったと(汗;)

SFだと、設定は常に念頭に置いているのですが、時代小説で油断していました(汗;) 

個人的には、前期高齢者制度は70歳からなので、70歳から初老でも良いかと(笑)

平谷 >

初老は辞書では40歳くらいだったような(笑)

雀部 >

です(汗;)

平谷 >

まぁ裕福な町人は50歳くらいで隠居したようですから。

江戸時代でも長生きした人は結構います。平均寿命が短いのは、子供の死者が多かったからといいます。

雀部 >

そういや家康公も長生きでした。

舞台は南部藩ということなんですが、あれっ以前読んだ『柳は萌ゆる』では盛岡藩だったよなと思い調べてみると、文化14年(1817)に改称してた(汗;)

南部藩の佐比内には大小百以上の金山があって、それで南部藩は潤っていたとの記述もあるのですが、じゃあなんで『大一揆』の頃の盛岡藩では一揆が頻発していたんだろうと考えたら、時代設定が嘉永六年(1854)ということで、今回の『虎と十字架』の時代が寛永二年(1625)だから、こちらは200年以上前の時代の話でした。

平谷 >

江戸時代はおよそ260年間なので、前期と中期、後期ではずいぶん事情が違います。だからピンポイントで資料を集めないと間違った描写をすることがあるんですよ。

雀部 >

そうですね、260年は長いです。今から100年後も予想が付かないし(汗;)

登場人物では隠れキリシタンの寿庵が好きです。頭が切れてかつ柔軟な考えも出来るという。平四郎と色々議論するところが特に好きです。議論によって様々な可能性が出たり消えたりするところとかは、アメリカのドラマの「Major Crimes~重大犯罪課」や「クローザー」で司法取引を駆使して容疑者を追い詰めるシーンに似ていてワクワクしました。

平谷 >

後藤寿庵は福原の領主で、伊達政宗に改宗を求められ、断ったので片倉小十郎の軍勢に囲まれたが、脱出して行方をくらませたというのは史実です。それほどの男ですから、別のお話の主人公にもできるかなと(笑)

雀部 >

後藤寿庵は、ひとかどの人物だったんですね。外伝も読みたいです。

平谷 >

後藤寿庵は、水沢では知らない人はいないであろう偉人ですが、他地域では知らない人も多いです。

雀部 >

げ、私が知らないだけでそもそも有名な歴史上の人物であられましたか(汗;)

寿庵と平四郎は「南部家がお取り潰しになっても己だけは無事という立場の者がいるのだ」との問答のあたりで、うすうす黒幕に思い当たってるような気がしました。私もこの問答で「あ、ひょっとしたら!」と思いましたし。

平谷 >

黒幕については、あちこちでにおわせておきましたんで(笑)

雀部 >

やはり(笑)

南部藩が舞台の話だと、また黒幕氏の登場や何気に武芸に秀でてる米内ファミリーの登場もありそうですね。

平谷 >

わたしの友人は、この先の柊の恋模様を書いてくれと言っています(笑)

雀部 >

相手がそっち方面には奥手の平四郎だけでは進行が遅そうなので、恋敵の登場も希望(笑)

個人的には登場して直ぐに亡くなってしまう蔦が可哀想で。使命とあらば致し方ない面はあるとはいえ……

平谷 >

そうですね。蔦はかっこいい役ですけれど、物語の展開上、致し方なしで。

雀部 >

むぅ、残念ですがしょうがないか。

帯に“ミステリと時代小説の融合”とありますが、まさにその通りの面白さだと思いました。

ミステリ要素は、どのジャンルの小説とも相性が良いですからね。SFだと、宇宙の謎解きも加わったりしますが。

さて、平谷先生が6月に出された《貸し物屋お庸》シリーズは、ミステリと時代小説と人情話が融合したシリーズです。五作品中三作品がちょっとした伝奇人情譚となっています。

伝奇ものと人情譚は非常に相性が良いし、怪奇・伝奇物は時代物と相性が良いという黄金のカルテットだと思います。

100巻を超えた《百夜・百鬼夜行帖シリーズ》も伝奇・人情シリーズといって良いと思いますが、数多くのアイデアはどういったところから思いつかれているのでしょうか。

平谷 >

毎回ひねり出しています(笑)

「お庸」は編集者に貸し物のリストを書いてもらっています。「こういう物を借りに来る」という「こういう物」のリストで、それを眺めながらネタを考え、ストーリーを組み立てます。

雀部 >

それは一人で考えるよりは広がりそうですね。男と女では目の付け所も違うだろうし。

『貸し物屋お庸謎解き帖 五本の蛇目』のなかでは、叶わぬ恋路にまつわる人情譚と言える「魚屋指南」が好きです。魚屋の勝之助と若旦那の精一郎の今後に幸あれです。まだ若いんだから(笑)

平谷 >

男女の恋愛でも同じですよね。なので、普通に書いてみました。勝之助に感情移入して読んでいただければ。

雀部 >

両方に感情移入しちゃいましたよ(笑)

今回は、家神の修行中の“りょう”や東方寺住職の“瑞雲”が活躍する場面が無かったのでちょっと寂しい。

平谷 >

今回のネタは、彼らが介入すればすぐに解決してしまうからです(苦笑)

察して下さい。

雀部 >

お察し申し上げます(笑)

実は、お庸の成長譚でもあるのですね。

巻末の「湯屋の客」では、またぞろ橘家の江戸家老橘喜左衛門がちょっかいを出してきますが、いよいよお庸ちゃんの秘密の核心の一端が!

平谷 >

おおよそ橘家については書いたので、あとはクライマックスまで橘家ネタはあまり出ないと思います(笑)

雀部 >

ということは、最終巻のクライマックスは橘家がらみということですね。楽しみにお待ちします。

最近も色々お忙しいのでしょうか。

平谷 >

今日(7月24日)はFM岩手で「虎と十字架」と、今週の土曜日に開催する怪談ライブ2の告知をしてきました。

雀部 >

FM岩手の「夕刊ラジオ」の「ブックシェルフ」コーナーですね。「らじれこ」で聴かせてもらいました。阿部沙織アナと平谷先生の『虎と十字架』冒頭の朗読も聞きました。もう何回も出演されて息が合っているからばっちりですね。

平谷 >

何カ所か噛みました(汗)今まで噛まずにできてたんですが……。

雀部 >

放送中でも「噛んじゃいました(汗;)」とおっしゃられてましたが、聞き直しても気になりませんでしたよ。

「怪談ライブ2」のほうは、Twitterで告知しておきましたが、果たして岩手県民の何人が見てくれたのか(汗;) 盛岡市の同級生には、個人的にメールで知らせました。

そういえば、「ラ・クラ」のエッセイはまだ続いてるんですね。久しぶりに読ませて頂きました(汗;) 「桜ライン311」のこと、初めて知りました。震災の影響はまだまだ続いているのですね。

平谷 >

ずっと続いています。やっと岩手の南端、陸前高田に着きましたが、ちょっと腰を据えることになるかも。

雀部 >

引き続き読ませて頂きます。

伝奇物といえば、「honto」から来月刊行予定の『賢治と妖精琥珀』(集英社文庫)の案内が来ました。“謎の琥珀の欠片で、不死の力を得た祈禱僧ラスプーチン。偶然その片割れを手に入れた宮澤賢治は争奪戦に巻き込まれる。伝奇ロマン!”ということで、なかなか大がかりな冒険譚みたいですね。それにしても宮沢賢治とラスプーチンの絡みとは、本邦初なのでしょうか?

平谷 >

宮澤賢治が樺太旅行をする数日間の物語です。どういう行動をとったのかは分かっているので、その隙間にフィクションを入れ込みました。たぶん、本邦初だと思いますよ(笑)

旅行の7年前にラスプーチンは死んでいますけれど。

要素だけ取り出せば、伝奇・SF・ファンタジーかな(笑)

雀部 >

ミステリ要素は、当然でしょうか?

平谷 >

謎解き的な要素は少ないですね。“何が目的か”くらいかな。これ以上は話せません。

雀部 >

ということはアクションあり伝奇ロマンありの宮沢賢治の冒険譚と予想して楽しみにお待ちします(笑)

[平谷美樹]
1960年岩手県生まれ。大阪芸術大学卒。2000年『エンデュミオンエンデュミオン』でデビュー。同年『エリ・エリ』で第1回小松左京賞を受賞。14年「風の王国」シリーズで第3回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。近著に《よこやり清左衛門仕置帳》《蘭学探偵 岩永淳庵》シリーズ、奥州が舞台の『柳は萌ゆる』『でんでら国』『鍬ヶ崎心中』『義経暗殺』『大一揆』『国萌ゆる 小説:原敬』、電子版のみで100巻超えの《百夜・百鬼夜行帖》シリーズなど多数。だいわ文庫からは《草紙屋薬楽堂ふしぎ始末》と《貸し物屋お庸》シリーズが出てます。
[雀部]
《貸し物屋お庸 謎解き帖》シリーズもレーベルを移って三作目、Kindle版では冒頭の試し読みも出来ますのでぜひ!
『虎と十字架 南部藩虎騒動』は、地元南部藩が舞台ということで、地元ファンはもちろんのこと、時代小説ファンにはもれなく推薦できる作品です。