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シャンダイア物語

第五部 守りの平野
第十二章 第四の島 盾の試練

福田弘生

 聖宝の守護者の一行は、極北の島シムラーの第三の島から第四の島への橋を渡った。幅の広い石橋の上には心地良い風が吹いている。セルダンは隣に馬を進めるエルネイアにふと目をやった。若い王女の白くて美しい頬は紅潮して、瞳は波立つ水面のようにキラキラと輝いている。鼻の頭がちょっと赤いのが完璧な美しさを崩していて、セルダンにはそれが何となく微笑ましかった。
「楽しそうだねエル」
 エルネイアは勇むように答えた。
「いよいよ私の番だわ」
「君も変わってるなあ、不安じゃないのかい」
「だって、どうせ避けて通れないのならば楽しまなくちゃ」
 前を進んでいたベリックが鞍の上で回転すると、手綱を掴んだまま器用に後ろ向きに座り直した。
「そうそう。僕もスハーラさんもブライス王子も無事に試練を乗り越えた。もっともその間の事は何も憶えていないけどね。あまり心配しなくていいんじゃない」
「そうかなあ。僕なんて今から不安だよ」
 エルネイアが不思議そうな顔をした。
「あなたのほうが変わっているわ。戦士の民族カインザー人の剣の守護者なのにどうしてそう慎重なの」
「自分の事ならば怖い事は何も無いさ。でも今度は君の試練だし、相手が人間ならばともかく神様だからね」
 エルネイアはセルダンを上から下へと調べるように見た。そして馬を寄せた。
「クシャクシャの服を着てるから気後れするのよ。いつもきちんとしてなくちゃ」
 エルネイアはそう言うと、セルダンの水色のシャツの背中のだぶついたすそをひっぱった。セルダンはエルネイアの顔に自分の顔を寄せてささやいた。
「鼻の頭が赤いぜ」
「きゃあ」
 エルネイアは馬を離してあわてて小さな手鏡を取りだすと、美しい顔を点検した。
「たいへん、にきびだわ。何年ぶりかしら、スハ−ラ薬をちょうだい」
 後ろにいたスハーラが肩をすくめた。
「あいにく効きそうな薬は無いわ。 ここで薬が必要だとは思わなかったから緊急用に必要最低限の物しか持って来ていないの。でも清潔にしてればすぐに治るわよ」
 エルネイアは深刻な顔をして眉をひそめた。
「旅のせいよ。汗かくし、お風呂は不定期だし、食べ物はいいかげんだし。皆様、この島での滞在は長いものになると思ってくださいね。これが治るまで私はクラハーン神に会いませんからね」
 それを聞き流したセルダンはブライスに向かって肩をすくめると、手綱をピシッと鳴らして馬を列の先頭に進めた。
 第四の島は中央に大きな湖があって、それを取り囲むように低木に覆われた陸地があった。一行は橋を渡って真っ直ぐに狭い陸地を横断すると、岸に船が繋がれた船の前で馬を止めた。
「ここが宿になっています」
 案内役のデクトが言った。ブライスは、三階建ての屋敷程の大きさのずんぐりした船を値踏みするように観察した。
「これでは航海できないぞ」
「航海するためのものではありませんので。この島に陸地が無いわけではありませんが、たまには水の上の宿も良いでしょう。クラハーン神のちょっとした遊び心だと思ってください」
「そうか、それにしても進まない船というのは気分が悪い」
 ブライスはブツブツ言いながら船にかけられた階段を上った。

 翌朝、ぶつぶつと文句を言いながらエルネイアは甲板で待つ仲間達の前に姿を現した。どうしても行かないと言い張ったのをスハーラがなだめすかして説得したのだ。エルネイアは唇をとがらせてデクトに尋ねた。
「ねえ、あたしもスハーラがブライスと一緒に行ったように、セルダンと一緒に豊穣の座に行ってもいいの」
 背の高いクラハーン神の神官が首を振った。
「いいえ、試練を受ける者が試練の座に足を運ぶのは初めてでなくてはなりません。スハーラ様はブライス王子の前に試練を受けましたが、セルダン王子はまだ試練を受けていらっしゃらない」
「ちぇっ」
 エルネイアはいささか品の無い舌打ちをすると、胸の前に抱えていた柔らかい布の包みから聖宝ミルカの盾を取り出して左腕に取り付けた。白い盾は丸くて小さく、中央から同心円を描くように金色の模様が刻まれている。ベリックがため息をついた。
「綺麗だなあ」
 セルダンが興味深く覗き込んだ。
「初めて見た。でもこれじゃ身は守れない」
「戦いのための盾じゃないのよ、剣の王子。命を守り、生み出すための盾なの」 
 王女は宿になった船の中央にある斜面をタンタンと踏み鳴らして降りると、水面近くの出口から船の横につけられた小舟に乗り込んだ。その後をカタカタと蹄の音をたててアーヤの乗馬のフオラが乗り込む。エルネイアは狭くなった小舟の上で、じいっとフオラの鼻の白い流星を見つめた。
「あんたはどうして乗るの」
 先に乗って櫂を確認していたデクトが振り向いて笑った。
「よくわかりませんが、これまで他の守護者の方の試練にもずっとついて来ました。別にいいでしょう」
「そう、あなたがそう言うのならいいわ」
 エルネイアはそう言うと手鏡を見ながら鼻の頭をしばらくつついていたが、あきらめて髪の手入れを始めた。
 デクトは湖の中心にあるという豊穣の座に向かって船をこぎ出した。デクトの櫂をこぐ腕は力強く、やがてどちらを見ても陸地までの距離が同じくらいになった。エルネイアはきょろきょろと周りを見回した。
「豊穣の座ってどこなの」
「そろそろ現れます」
 デクトのその言葉を待つかのように、まわりが薄くもやってきた。
「あら不思議。私は豊穣の座が湖の中心にあって、その周りにずっと霧がかかっているのかと思っていたわ」
 デクトが微笑んだ。
「いいえ、正確に言うと霧が出て、魔法の座が現れるのです」
 デクトは櫂を上げて船を止めた。霧が濃くなってきた、そして突然エルネイアの横で声がした。
「ここは今までと違う」
 エルネイアがびっくりして声がするほうに顔を向けるとフオラと目があった。
「あなたなの」
「そうさ」
 エルネイアはフオラの鼻の柔らかい所に手を置くと、口をめくりあげて長い歯を調べた。
「本当にしゃべったの」
「ふが、もちろん」
 エルネイアはうなずいた。
「よし、少し寂しくなくなった。お礼にあとで歯を磨いてあげるわ」
「ええっ。そんな」
「断ってもだめ。船の甲板にブラシがあったもの、あれが使える」
「ひどい」
「ところで今までと違うってどういう事」
 フオラはうらめしげな目で答えた。
「わからない。これまでの座のクラハーン神の神気とは違うものがあるんだ」
 エルネイアはスカートの裾をつまんで船の縁を越えると、霧の中に綺麗な円を描く豊穣の座の表面を踏んだ。磨かれた石がエルネイアの靴底でカツンと音をたてた。フオラは後に続いたが、デクトは船に残った。
 エルネイアは向こう端がかすんで見える豊饒の座に目をこらした。しばらくして円形の座の中央がボウッと光ると、そこに三人の美しい黒髪の娘が立っていた。
 一人は金色の瞳が印象的な娘。しかしその顔からは荒々しい残忍さがほとばしっている。
 もう一人は赤い瞳の知的な娘。しかしその表情は冷酷でランスタインの雪の斜面のようだ。
 三人目は黒い瞳のやさしい顔の娘だった。
 三人とも顔つきが似ている。おそらく姉妹だろう。
「気をつけて」
 フオラがささやいた。エルネイアが三人に尋ねた。
「あなた達はどなた」
 金色の瞳の娘が歩み出た。
「私はキリバ、この二人はカリバとエリバ。セントーンのタルミの里の長の娘」
「タルミの里」
 エルネイアは記憶を探った。
「タルミの里って、もう二百年も前に無くなったわ」
「そう。セントーン王家と政府に見殺しにされた里」
「違う」
 エルネイアは叫んだ。
「あれは、タルミの里の長が、援助をこばんだから」
 タルミの里はランスタイン山脈の山奥、セントーン王国領とソンタール帝国領の境界に位置していた。小さな村だったが、セントーン王国とソンタール帝国にわたる深い谷に高い城壁を築き、巨大な二つの門を両方の国に面した壁にもうけた。普段はそのセントーン王国側のみ開かれていた。

 今から二百年程前、その里にある井戸から発生したと思われる病を封じるために、セントーン王国政府はタルミの里を隔離した。その後政府は医者をタルミの里に派遣したが、村の長はこれを拒絶した。そしてセントーンに面した扉を閉じ、ソンタール帝国に面した扉を開いたのだ。なぜ長がこのような行動を取ったのか、いまだに謎とされている。
 エルネイアがそこまで思い出した時、キリバと名乗った娘の腕から突然鋭いとげの生えた蔦が鞭のようにエルネイアめがけて飛び出した。セルダンの剣技を見慣れていたエルネイアは素早く反応してそれを避けた。そして振り向かずに叫んだ。
「フオラ、大丈夫」
「ヒヒン」
 同じくうまく蔦を避けたフオラがいなないた。金色の瞳の娘は、両手に蔦の鞭をうならせて座の円盤の上を激しく打った。エルネイアのドレスの裾が跳ね返った蔦のとげに裂かれた。
「ひどいわ」
「ひどいのはセントーン王家。国境の我らが里を守る力を十分に与えてくれなんだ」
 次にカリバと紹介された赤い瞳の娘が進み出た。そして指を下に向けると、その足元から赤い色の光があふれて、円形の豊饒の座の表面に渦を巻いた。赤い光がエルネイアの足元に近づいた時、フオラが叫んだ。
「早く僕の背中に乗って」
「えっ」
「これは毒だ。触れたら綺麗な足が焼けこげるよ。早く」
 エルネイアはあわててフオラの背に飛び乗った。そして、下の赤い光を見下ろした。
「いやだ、あなたが危ないじゃない」
 赤い光がフオラの足下に迫った。フオラは何度か光を避けて飛び跳ねたが、やがて座の上が真っ赤になり、栗毛の馬はその赤い光の中に足を降ろした。ジュッという音がして、フオラが背中をふるわせた。
「てええ、すぐに痛む毒みたい」
「もおやだ」
 エルネイアは、腕のミルカの盾を引きはがすように外すと、フオラの足元に放り投げた。盾は赤い池のようになった座の表面に浮かぶと、みるみる大きくなった。
「フオラ、飛び乗って」
 フオラは毒の中に浮いた盾にすばやく飛び乗った。赤い瞳の娘が言った。
「我らにはあの時代を生き抜く知恵が無かった」
 エルネイアは腹を立てて叫んだ。
「もう、あなた達何のつもりなの。理由を聞かせて」
 三人の娘のうち黒い瞳の娘が何かを言いたそうにしたが、残りの二人に押しとどめられた。フオラが叫んだ。
「エルネイア王女、このままじゃ何も出来ない。どうにかして毒を消さないと」
 エルネイアは考え込んだ。
「だって、毒消しはミルカの盾じゃなくて、スハーラのリラの巻物の仕事だわ」
「でもここには巻物もスハーラもいないよ」
 エルネイアは顔にかかった髪をかき上げた。
「あの三人は何者かしら」
「たぶんこれがクラハーン神の試練なんだ。あの三人が何者かは知らないけど、僕達はこの事態を解決しなければいけないんだ」
 エルネイアは目の前に立つ三人の女性をにらみつけた。
「フオラ、あたしがちょっとクラハーン神を嫌いになったって事を知ってるかしら」
「聞かなかった事にしておくね。神にも聞こえない事を祈ってる」
「よし、解決してやる」
 エルネイアはフオラの背から盾の上に飛び降りた。そして裂けて邪魔になったスカートを膝のあたりでピリピリと破いて短くした。
 盾のまわりで毒に泡が浮いた。
「この状況は何かを表しているんだわ。毒と、三人の女性」
 フオラが付け加えた。
「ここは豊饒の座、水の上にある」
 エルネイアがうなずいた。勝ち気な王女だったが、その顔は蒼白になっていた。
「間違いないわ。これはセントーン王国に起こっている事なのよ。水は豊饒の大地セントーンを潤すいくつもの川、そしてそこが汚されているんだわ」
「でも今のセントーンにはリラの巻物もミルカの盾も無いよ」
 突然、座の気配が変わった。そして赤い毒の光が消え、赤い血のような液体に変わった。
「何、何が起きたの」
 エルネイアが目を上げると三人の娘の姿が消えていた。そして三人がいたあたりの空中に二人の人物の姿が浮かんだ。一人は重厚な感じの男性。もう一人は白い衣をまとった豊かな体格の女性だった。
「おお」
 エルネイアの目に涙が溢れた。初めて見る姿だがそれが誰かわかったのだ。王女は両腕をさしのべた。
「ミルトラ様。どうしてここに」
 女神は苦しそうな顔で答えた。
「セントーンの人々が殺されています。国を守る力が消えかかっているのです」
 エルネイアの隣でフオラがつぶやくように言った。
「そうか、神気が二つあったんだ。他の座と感じが違うわけだ」
 やがて赤い液体にいくつもの折れた剣が浮かんできた。エルネイアはそれを見て震えた。
「これもセントーンに起きている事なのですね」
「戦いが続いている、そなたの兄は懸命に戦っているが、もはやセントーン軍の崩壊は間近だ」
 立派な体格の男性が言った。おそらくクラハーン神だろうとエルネイアは思った。 
「私がいないからですね。でもすぐには帰れない」
 ミルトラ神が言った。
「アーヤが目覚める時はすぐそこに来ているはずです。でもどれだけ急いでもここからセントーンまでは遠い」
「何か方法は無いのですか」
 エルネイアはクラハーン神にすがるような目を向けた。統治の指輪の神は、近付いてくると右手の拳を差し出した。そしてエルネイアが手を差しのべると、その手の平の上に銀色の粉を落とした。エルネイアは悟った。
「ここでですか。でもセントーンまでどうやって力を届けるのですか」
 クラハーン神が重々しく言った。
「聖宝も守護者もセントーンにいないのでは、ミルトラは今の所無力だ。私とそなたでここからセントーンに力を送る」
「毒を消す力ですか」 
 クラハーン神は首を振った。
「いや、ミルトラの力に浄化は無い。これは苦戦しているセントーンの戦士達にわずかな力を与えるもの」
「それでは毒はどうするのですか」
「セントーンに残してきた仲間達を信じるしかあるまい」
 エルネイアは首を振った。
「力ある者はすべてこの島に同行して来ています。頼みの魔術師ミリアは行方すらわからない」
「仲間を信じなさい。信頼もまた力なのだ」
 エルネイアは黙って口に手を当てると、銀色の粉を口に含んだ。
「それだけで良い」
 クラハーン神が盾の上に降り立つと、エルネイアの肩に手を置いた。エルネイアはミルトラの泉で感じるような不安感と不快感を感じた。エルネイアの心に力強い声が届いた。
(セントーンの人々の事を考えてみなさい)
(はい、クラハーン様)
 しかし、エルネイアの体は苦痛に貫かれ、何度も意識を失いかけた。王女は無意識にクラハーン神の腕にすがり続けた。ミルトラ神も手を差し伸べようとしてくれているらしかったが、その弱々しい気配はとてもエルネイアまでは届かなかった。
 しばらくして、クラハーン神が深い息をついてエルネイアの肩から手を離した。エルネイアは膝をつくと盾の上に両手をついて体を支えた。その体をクラハーン神が抱き起こした。
「よく頑張った」
 エルネイアは弱々しく言った。
「今までで一番きつかったです。やっぱりセルダンに来て欲しかった」
 クラハーン神が苦笑した。
「わしですまなかったな」
 豊饒の座の表面がいつの間にか元の磨かれた石に戻った。エルネイアの元にミルトラ神も近づいて来た。しかしその姿ははかないくらいに薄れている。
「ありがとう娘よ。これで少しはセントーンの民に力が戻るでしょう。でもそれも長くは保ちません」
「はい。よくわかっています。出来る限り早くセントーンに帰ります」
「待っていますよ」
 そう言ってミルトラ神の姿が消えた。エルネイアはがっしりしたクラハーン神を見上げた。
「クラハーン様、アーヤを助けてください。私達は早く戻らないと」
 クラハーン神の表情は変わらなかった。
「それは次の二人、セルダンとアーヤ自身にかかっている」
 エルネイアはため息をついて言った。
「ならば大丈夫。あの二人は強いから」
「アーヤもかね」
「ええ、シャンダイアの女王になる人だもの。そうだ、あの三人の女性は誰だったんですか」
 クラハーン神の表情が苦しげになった。
「予想外であった。セントーンからミルトラを呼びよせようしたら、あの三人の意識もひっかかったのだ。私に闇の特性がまだ残っているからだろう。幸い本人達の魂までは呼び寄せる事は無かったが、その意識からセントーンで起きている恐ろしい事がわかった。それをそなたに見せたのだ」
「するとあの三人は、闇のバステラ神にゆかりの者達なのですね」
「そうだ。何者かはわからぬが、戻ったら気をつけなさい」
「はい。それでは、私は皆の元に戻ります」
 エルネイアは胸をはると、気丈な笑顔を見せた。クラハーンはうなずくと、エルネイアの足元をちょっと見た。
「ところで、そのかかとの高い靴は歩き辛くないかね」
 エルネイアは目をクリクリした。
「ぜーんぜん。それより、この赤くなった鼻をどうにかしていただけませんか」
 クラハーンは指をちょいと振った。エルネイアは鏡で鼻を確認して歓声を上げた。
「今、私がクラハーン様を凄く好きになったって知ってますか」
 クラハーンは肩をすくめた。
「これまでどの程度好きだったかによるがね」
 エルネイアはとびっきりの笑顔を見せると、フオラの首をたたいて一緒に豊饒の座を出た。

 ・・・・・・・・・・・

 戦闘民族カインザー王国軍の最高指揮官トルソン侯爵は、若いカイト・ベーレンスと並んでエルバナ河の河岸に馬を進ませていた。夕陽が濃い橙色に川面を照らしている。二人の背後では、トルソンの灰色の軍団と、カイトの青の軍団の野営地からの煙が立ち上っている。ここにいる十四万のカインザー軍は、現時点ではシャンダイア最強軍である。傷だらけの顔をゆがませてトルソンは不機嫌につぶやいた。
「まるで海だな」
 カイトが広い額に汗をにじませて応じた。
「ええ、地図の上では川ですが、下流のこのあたりでは川幅は百キロを越えるそうです」
「船が無いとどうにもならんなあ」
「カインザー軍がソンタール本国に侵攻出来ないのは、補給線を確保しなかったからだとロッティは言いますが、私はもっと早く海軍をつくるべきだったと思っています。島国のザイマンでは資材に限界がある。カインザーならば大艦隊がつくれたのに」
 トルソンが首を振った。
「無理だ、あんな不安定な板の上にカインザー兵は我慢できん」
 カイトは苦笑した。
「そうですね。民族の性格があります。幸い補給線のほうはサルパートのマキア王のおかげで機能しだしましたので、陸路で川を溯っていくしかないでしょう」
 二人の前に水上に浮かぶ巨大な平べったい建物が見えてきた。ゼイバー提督の誇るエルバナ川七つの要塞の、河口から数えて二番目のベルギザラ要塞である。第一の要塞は河口で三つに分かれた川の中央の島にあり、ここからさらに上流には、川の東岸に二つ西岸に三つの要塞がある。
「ベルギザラを落としてしまおうか」
「落としても、敵は川に逃げてすぐに戻って来ます」
「占領してこちらの要塞にしてしまうという方法もある」
「まあ、可能かもしれませんが、今の所あまり意味も無いでしょう」
 トルソンがつまらなそうな顔をした。
「お前はつまらんなあ、戦ってみたいと思わんか」
 カイトは肩をすくめた。
「すぐにその時が来ます。今世界では三か所で戦いが行われています。セントーン、緑の要塞、バルトール。どこでどちらが勝つにせよ、敵も味方も無傷ではすまない」
 さすがにこのあたりの事はトルソンもわかっている。
「無傷で残るのはハルバルト元帥の近衛師団と、ゼイバー提督のエルバナ艦隊。そして俺達だ」
 カイトが首をかしげた。
「ハルバルトは正面から戦えば良いですが」
 そしてトルソンをまじまじと見た。
「やっぱり、エルバナ艦隊は邪魔ですね」
「だろう」
「やっぱりベルギザラを落としてしまいましょうか」
 その翌日からカイトが指揮を執る要塞攻撃が始まった。

 (十三章に続く

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