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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第七章 南からの便り

福田弘生

 夜も更け、月でさえも黒い雲に霞んだ。ライケンとの会談を終えたベリックとフスツ達が、べとついた港の風を受けながら急ぎ足で鉄豚亭に戻ると、意外な男が待っていた。
 部屋の扉を開けて、ブライス、アントン、サシ・カシュウ、人間の姿のトーム・ザンプタと一緒にいる水玉模様の派手な服に赤い鼻の小男を見たベリックは、驚いて声を上げた。
「ベズスレン」
 マルバ海の海賊王ドン・サントスの片腕は頬を片手でピシャピシャ叩きながら笑顔を見せた。
「おう、ベリック。でかくなったなあ、やっぱりお前はただ者じゃなかったてえわけだ」
 ベズスレンと椅子を並べて座っていたブライスが驚いた。
「何だ知り合いか」
「うん。僕が巨竜ドラティを倒すためにザイマンからカインザーに向かった時に、ドン・サントスの船で送り届けてもらったんだ」
 ブライスも思い出した。
「ああ、そうだったな。ベズスレン、ベリックがバルトールの王だって知ってたのか」
 ベズスレンは肩をすくめた。
「いや。ドンはマスター・メソルの願いをきいただけだ。と言うより、メソルと一緒にいた銀髪の不思議な男がべらぼうな金を積みやがったんでな」
「デクトの事だな」
「何者だあいつは」
「統治の指輪の神クラハーンの神官さ」
 ベズスレンの赤い鼻がちょっと青くなった。
「そんな者がまだ生き残ってたのか、とんでもねえ話だ」
 そしてしみじみと続けた。
「思えばあの時から俺達も呪われちまったんだなあ」
 ブライスの後ろに立って椅子に手をかけていたアントンがベリックに尋ねた。
「ライケンとの話し合いはどうだった」
「うん、話はついたよ。僕は明日、バオマ男爵と一緒にユマール軍に参加して東の将キルティアが派遣した軍と戦う。その代わり、ライケンはダワ市民の脱出には手を出さない」
 ブライスはベリックの後ろにいるフスツに目を移した。
「いいのかこれは。バルトールの王がライケンの下で戦っちまって」
 フスツは怒気を含んだ声で答えた。
「もちろん私は大反対です。バルトールの民人にこの事をどう説明すればいいのか、今から頭を抱えております」
 ベリックが説明した。
「仕方がないんだよ。キルティアの軍は突破しなければならないし、ライケンと一緒に行動すればユマール軍の弱点もわかるかもしれない。ブライス、ダワの市民の避難を頼みます」
「わかった、アントンと俺は市民の避難の指揮をとる。お前はダワの市民が避難したのを確認したらライケンなんぞ放り出してエルセントに戻れ」
「戻れって、あなたはどうするんですか」
「ダワに残る。ベズスレンの話を聞いてくれ」
 ベズスレンは座り直した。
「ようやく俺が話す番が来たかい。緑の要塞とシャンダイア側が呼んでいる要塞をザイマンとカインザーの貴族達が取り返した。デル・ゲイブとベゼラ・イズラハ、カインザーのベロフやクライバー達だ。カインザーからの兵員輸送船が合流したので総攻撃をかけたようだ」
 ベリックは拳を握って喜んだ。
「やった。それは朗報」
「意外だったのはこれを知らせてきた人物だ。シャクラなんだよ。数通の手紙を乗せた伝令鳥がドン・サントスの館に着いたんだ」
 ベリックは飲み物を持って、空いている椅子に座った。
「なぜシャクラが緑の要塞にいるの」
「そいつがわからねえんだ。シャクラはブライスの親父のドレアント王が、マルバ海でライケンの艦隊と戦った時に巻き添えを食らって死んだはずなんだ。そいつがどうして生き延びて緑の要塞にいるのか」
 ブライスがベリックに向かって小さく折り畳まれた紙を指先ではじくと言った。
「さらにわけがわからないのは、サルパートの神官長エスタフとスハーラの親父のレリス侯爵が緑の要塞にいるらしいのさ」
 ベリックは紙を受け取ると開いてみた。
「読み辛い文字だなあ」
「サルパートの神官文字だ、エスタフが書いたんだろう。何だかシャクラへの悪態と、要塞での待遇について文句が書き連ねてある」
「本当だ、大事な情報は何も書いて無い」
 ベズスレンが離れたテーブルにある灰皿めがけて器用に葉巻を放り投げた。
「サルパートの神官なんてそんなもんだ。いつも不平タラタラなのさ。まあ、存在証明のつもりだろう」
 ブライスが続けた。
「詳しい報告はデルから届いた。デル達は緑の要塞を死守すると言ってきた。あそこにシャンダイア軍と艦隊がいれば、ソンタールの地上軍も海軍も易々とセントーンに南から侵入する事は出来ないからな。ベロフとクライバーはドン・サントスが迎えに行ったので、サントスの船団に乗せられるだけの兵を連れてセントーンに来るそうだ。こちらの状況をサントス経由で伝えてもらう事にした。ライケンの艦隊が北に動き、トラム川の汚染をザンプタが解決したら、南のヤベリに上陸してこのダワを奪回する。そして南からソンタール軍を牽制してもらう」
 ベズスレンがオウと応えた。
「まかしとき、ベリック。ドンの艦隊は速い。1か月後にはセントーンに着くだろう」
「それはよかった」
 ベリックはクライバーの息子のアントンに目をやった。
「今のセントーンに必要なのはカインザーの貴族の統率力でしょう。セルダン王子は軍を率いる以外に使命がたくさんあるようだから。バイルン子爵は要塞に残るの」
 ブライスの表情が曇った。
「バイルンはどうやら負傷したらしい。要塞から動かせないそうだ」
「え、大丈夫なんですか」
「命は取りとめたようだが、魔法使いにやられたらしい。いくら豪傑でも魔法が相手では仕方ない。だがその魔法使いはシャクラが倒したそうだ」
 それまで黙って話を聞いていたトーム・ザンプタがピタピタとベズスレンに近寄った。ベズスレンはギョッとして身を引いた。
「な、なんでい。あんたシュシュシュ・フストだろう。伝説の生物だ」
「そんな名前はとっくに捨てたわい。それよりシャクラもセントーンに来るのか」
「いや。よくわからねえんだが、魔法を求めて旅に出たらしい。セントーンにいる魔法使いは強大過ぎて、まだ手におえないとさ」
「まだ、と言ってきたか」
「ああ」
 ブライスが尋ねた。
「何か思い当たる事があるのか」
「ううむ。シャクラには会った事は無いが、わしが知る限り、さほどの力を持つ魔法使いではないはずだ。だがこの戦いが進むに連れて魔法使いの数も、魔法の力を持つ古代生物の数も減ってきた。シャクラがもし成長できる魔法使いならばこの先大きな力となる可能性がある。ブライス、ベリック、注意しておいたほうがいい」
「わかった」
「とにかく何が起きているのかはベロフ達が来たら聞いてくれ、俺はドンのお迎えにあがる。じゃあなベリック」
 そう言い残して海賊ベズスレンは部屋を出ていった。ザンプタがベリックとアントンを招き寄せた。
「わしも今、ここでお別れだ」
 何かを言おうとしたベリックにザンプタが首を振った。そして部屋の中の人間達を見回した。
「本当の戦闘はこれからだ。難しい事を考えるな。各々自分に出来る最善を尽くして前に進め、前にしか明日に続く道は無い」
 そしてザンプタも部屋を後にした。見送ったベリックは振りかえってアントンに尋ねた。
「お父さんが到着したら何を話すの」
 アントンは少し考えてから答えた。
「ああ、たぶん妹が生まれる事だと思う」
「えっ、本当に」
「母は妹だと確信してた。よくわからないけど、もうすぐ生まれる頃なんじゃないかな」
「ならば、バルトール・マスターの妹に、バルトール王からの祝福を。ブライス、ザイマン王からも祝福をしてあげたら」
 ブライスは妙な顔をした。
「俺はただのブライスだ、今はザイマン王だが先はどうなるかわからん。クライバーが来たら喜んでやろう」
 ベリックは微笑んだ。
「それでは、エルセントで会いましょう」
 少年王はフスツ達を引き連れて勇むように部屋から出ていった。部屋にはブライスとアントンとサシ・カシュウが残った。ブライスは椅子の中で身をよじってサシ・カシュウを見上げた。
「お前は一足先にエルセントに帰ったほうがいいだろう」
 吟遊詩人は竪琴の入った袋を抱えた。
「いえ、私はトラム川を遡ってみます」
「一番危険な地域じゃないか」
「行かせてください。ほとんど情報が入ってこないあたりを調べてきます」
「まあ、お前は旅の達人だから大丈夫だと思うが、気をつけろよ」
「ええ。それでは皆様もお気をつけて」
 サシ・カシュウが出ていくとブライスはアントンの肩をポンと叩いた。
「なんだか寂しいなあ」
 アントンが困ったような顔をした。
「僕たちはどうしてここにいるんでしょう」
 ブライスは大笑いした。
「ここが今いるべき場所だからだ。そして明日はまた明日いるべき場所に行くんだ。市民への避難の手配は済んだか」
「ええ。これでも一応バルトール・マスターですから、配下の者を使ってダワの主だった人々に伝えました。ライケンが承知したので、明日からは表立って避難準備にかかれます」
「よし」
 ブライスがそう言った時、窓の外から深夜だと言うのに兵の歩く足音が聞こえてきた。いよいよ、ユマール軍が行動を開始したのだ。

 (第八章に続く

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