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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第十一章 シセの村

福田弘生

 大熊の旗印を掲げたクラウス・ゼンダは家兵の半分の一万を連れて要塞を繰り出すと、敵が上陸して占領したとの報告があったシセの村に向かった。シセの村は要塞の西にある山に向かって登り坂になる二本の街道が交わる所にある。林の中を縫うように続く坂道の上にはすでにカインザー軍が柵を重ねて待ちかまえているはずだった。クラウスは山に向かってザクザクと進む歩兵の隊列の中央に馬を進めながら参謀のダイレスに問いかけた。
「敵は坂の上にいるが、兵はこちらのほうが多い。一気に駆け上がって攻めてみるか」
 逞しい肩をしたダイレスが首を振った。
「シセの村に続く街道は狭く、我が軍の先頭の兵士達は一対一の戦いを余儀なくされます。軍の先頭がカインザーの強兵に打ち砕かれれば、兵の数にかかわりなく雪崩を打つように壊滅させられてしまう可能性があります」
「ならばここで援軍が来るのを待つか」
「要塞を守るための戦いならばそれでいいでしょう」
 クラウスは笑った。
「駄目だ。ジョール侯爵とオルソート伯爵では兵の多い有利を活かしきれない。侯爵は籠城の構えだが、十万を超える兵を要塞とそれを囲む町に入れてしまったら食糧がすぐに無くなってしまう。近隣の村や町の民を酷使すれば協力を得られなくなり、やはり大軍を維持できなくなる。こちらが無傷で余裕のある内にカインザー軍を追い払ったほうがいい」
 ゼンダ家復興に身を捧げているダイレスは、思案しながら小刻みに馬の鞍を叩いた。
「しかしガッゼンが言っていたように、これはジョール侯爵の戦いです。失敗すればゼンダの家は完全に潰されてしまうし、成功してもジョール侯爵の功績になってしまいます」
 そこに斥候が戻って来た。クラウスは全軍を止めて隊列の先頭に馬を進めると大声で尋ねた。
「敵の鎧は何色」
「赤です」
 クラウスは納得したようにうなずいた。
「クライバー男爵か、ならばこれは私の戦いだ。ダイレス、この街道以外にシセの村に行く道は」
「遠回りになりますが、海岸から続く道があります。カインザー軍が通った道です。坂がなだらかで道幅も広いので軍を動かすには向いています。しかしその道に入ってしまうと、海岸に敵の後続が上陸した場合に挟み撃ちにあいます」
「ならば敵に増援が来る前に攻め落とすまで」
 そう言ってクラウスは軍を海岸に向けた。

 ・・・・・・・・・・

 バイルン子爵が魔法使いの攻撃に倒れた後、カインザーの軍の事実上の指揮官になっているベロフ男爵は、配下の精鋭抜刀隊二百人を十名ずつ二十隊に分けてそれぞれに二百五十名の兵を付けた。そして合計五千二百の兵をシセの村を囲む林に入れ、村に向かう坂道と平行に進ませた。これで坂を上ってくる敵の側面から攻撃を仕掛けられ、林に入ってくる敵は大軍の利を活かせなくなる。
 部隊と一緒に進んでいたベロフは、木々の隙間から大熊の旗印が海に向かうのを見た。
(海岸からの道を取るか、これはやはり村を囲んで兵を配置したほうが良いかな)
 その時、後方の高台から戦場を見張っていた兵から知らせが届いた。
「お館様、要塞からもう一軍やって来ます」
「傭兵か」
「いえ、正規軍のようです」
 ベロフは舌打ちした。
(貴族で気骨があるのはゼンダだけだと思っていたが、ゼンダ以外にも向こう見ずな奴がいたか。これは思ったより敵の数が多いぞ)
「よし、すぐにシセの村に戻れる位置で待機だ」
 ベロフ軍は森の中で停止した。

 ・・・・・・・・・・

 息子の誕生日の宴会の酔いがまわって高いびきで眠っていたマング・ジョール侯爵は、早朝から起こされて不機嫌だった。侯爵は寝間着の上に上等のガウンをはおったままの姿で、ビクビクしながら知らせに来た家臣に状況を尋ねた。
「敵が上陸して、西のシセの村を占領した。クラウス・ゼンダが攻撃に向かった。そうだな」
「はい」
「クラウスは戦闘を知っている。兵力で上回る以上、それ程の心配はいらんだろう」
「いえ、実はご子息のラムレス様が後を追って出撃してしまったのです」
 侯爵は手にしていたコップと水差しを落とした。
「何だと」
 そこに部屋着のままのオルソート伯爵が入ってきた。この姿だと隠居した老人のように見える。
「なにやら騒がしくなってきたが何事だね」
 ジョール侯爵は落ち着かない声で友人に伝えた。
「困った。ラムレスが馬鹿な事をした。クラウスの後を追って出撃してしまった」
 事情を聞いたオルソート伯爵は、報告を持って来た家臣に尋ねた。
「ラムレス殿は兵をどれ程連れて行ったんだね」
「率いている軍のすべて、二万です」
 オルソート伯爵は絨毯に落ちているコップと水差しを拾い上げた。
「心配するなマング。ラムレス殿が二万にクラウス・ゼンダが一万、対する敵はせいぜい数千。間違っても負けんだろう。若い者達のよい勉強になる」
 それを聞いてジョール侯爵も笑みを浮かべた。
「そうだな。この要塞に籠もっていれば我が軍が負ける事は無い。まあ、カインザー軍相手に若い二人が経験を積んでくれれば良い」
 オルソート伯爵がジョール侯爵に椅子を進めた。
「さあ、朝食にしよう」
 二人の貴族がくつろいだ格好で朝食を終える頃、知らせの者が部屋に走り込んできた。ジョール侯爵がうんざりした顔でにらみつけた。
「今度は何だ」
 知らせに来た家臣は蒼白な顔で窓を指差した。
「港をご覧ください」
 窓から港を見た二人の貴族は、海面を埋めるザイマンの大艦隊を目にして息を飲んだ。

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 百六十隻の大艦隊の中央に陣取ったゲイブ家の豪華な旗艦のデッキから、ザイマン艦隊の総大将デル・ゲイブは巨大な要塞を眺めていた。港ギリギリまで船を寄せても敵の船がやってくる気配が無い。港はガランとしていて静かだった。
「敵に船が無いというのは何ともつまらないな」
 隣にいたベゼラ・イズラハがクスリと笑った。
「あなたらしくないわ。海戦がしたいの」
「いや、それは前回のイクス海の海戦ですっかり懲りた。南の将グルバと一騎打ちをしたブライスが、さらに激しい戦場であるセントーンに向かった勇気は凄いものだ。俺にはとても真似できない」
 ベゼラがデルの手を握った。
「それでいいわ。ブライスが道を拓き、あなたが国を治める。ザイマンはそれでいいのよ」
 その時、二人の後ろで咳払いがした。あきらめたような顔でデルが振り向くと、レリス侯爵とエスタフ神官長が立っていた。
「どうしました」
 サルパートの頑固者で知られるエスタフ神官長が険しい顔で言った。
「なぜわしらがここにいるんだ。戦闘が終わるまであの島の基地で待っていても良かったのではないか」
 デルはうなずいた。
「私も後悔している所です。しかしサルパートの要人を空き屋のような島に置いてくるわけにもいかないでしょう。幸いお二人とも船酔いにはなっていらっしゃらないようですので、見学していってください」
 それからしばらく二人のサルパート人の文句が続いたが、ベゼラがなだめて船室に連れて行った。やがて戻ってきたベゼラは険悪な顔でデルに告げた。
「次に文句を言ってきたら、残りのカインザー軍と一緒に上陸させてしまいましょう」
 デルもニヤリとした。
「それはいいな」

 ・・・・・・・・・・

 ジョール侯爵の息子のラムレス・ジョールは鹿の旗印を掲げて友人のクラウスの救援に向かった。父の籠城作戦は理解していたが、やはり若い貴族だけあって二万の兵を抱えたままじっとしている事が出来無かったのだ。
 しかしラムレスもその側近達も戦闘の経験に乏しかった。そのためクラウスの軍が海岸へ迂回した事を知ったラムレスは躊躇せずにシセの村へ向かった。親友より先に手柄を立てる機会を得たと思ったのだ。そして二万の兵はシセの村への街道を駆け上った。

 ・・・・・・・・・・

 夜のうちに要塞近くの駐屯地を出発して、ソンタール軍から離脱した二万の傭兵部隊は、朝食の休憩を取っている時に遙か南の空に軍勢の移動する音を聞いた。動揺する兵達の横で食事をしていたガッゼンの元に、要塞の様子を見張らせていた部下が戻ってきた。
「お頭、大熊の旗印が動いています」
「なる程」
「どうしますか」
 ガッゼンは興味無さそうに食べ続けた。
「かまうな、この戦場は捨てた。生き残ったらまた会う事もあるだろう」
(さあてセントーンに行くか、首都に戻るか)
 そしてセントーンには敵味方を合わせて、あまりに兵の数が多すぎると考えた傭兵隊長は、首都グラン・エルバ・ソンタールに部隊を向けた。

 ・・・・・・・・・・

 船底に寝転んでコッコを操る事に専念していた器の魔法使いシャクラは、バンドンの不思議そうな声で我に返った。
「おい、シャクラ」
「なんだ」
「港に向かっていたソチャプが止まっちまった」
 シャクラは身を起こすと遠くの波間に揺れる巨大なピンク色の花と青いツタを観察した。
「コッコが騒いだのでもう一押しが足りなかったかな」
 バンドンが真面目な顔で答えた。
「いや、おそらく港に入るのを嫌がっているんだ。前回要塞を捨てる時に、ソチャプが乗っていた大きな船を港の中央まで引いて行ってそこに置いたまま出てきた。しかしいつの間にか船を壊して、自分でこのあたりまで動いてきたらしい」
「港の中には何があるんだ」
「わからん」
 シャクラはしばらく顎髭をさすっていたがバンドンに告げた。
「港に向かってくれ」
「何だと」
「ソチャプの嫌がるものが何か知りたい」
「おい」
「大切な事なんだ」
「やれやれ。ソチャプの話なんかしねえで船を浜に着けちまえばよかったぜ」
 そう言って目の前に迫っていた砂浜に目を移したバンドンはギョッとして身をすくませた。砂浜に頭巾をかぶった三人の黒衣の人間が立っていたのだ。
「シャクラ」
 シャクラもバンドンと並んで砂浜の三人の人物を見つめた。
「三教頭だ、魔法学校の教頭達だよ。そろそろソンタールの魔法使いも底が尽きてきたな」
「弱いのか」
「以前の俺ではなかなわないが、今なら一人ずつを相手にすれば勝てると思う」
「三人一緒に相手にしたらどうだ」
「わからんが、いずれにしろこの距離ではもう逃げ切れない。船を浜に着けてくれ」
 バンドンは浜に船を着けるとすぐに部下を連れて逃げ出した。
「まかせたぜシャクラ」
 シャクラはボチャンと水音を立てて船を下りた。人影の一人が頭巾を跳ね上げた。
「あれやシャクラでは無いか。行方不明だと聞いていたが生きておったか」
 残りの二人が続けた。
「はみだし者」
「落ちこぼれ」
 シャクラはさすがに腹が立ってきた。
「やれやれ、こんな所でまた嫌みを聞かなきゃならんとは。メド・キモツ、パンハル、ドボーレの爺さん達よ」
 そう言うと海水を吸って重くなった黒衣を脱ぎ捨てて短いズボンとシャツになった。三教頭も頭巾を脱ぎ捨てた。そして同じような顔の三人の老人がにやりと笑った。
「シャクラ、まるで海賊のようだな」
「若造」
「おしおきだ」
 シャクラは空を指差すと、三教頭めがけてコッコをけしかけた。
「やってやる。昔からあんた達が大嫌いだったんだ」

 (第十二章に続く

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