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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第十五章 マコーキン南下

福田弘生

 セントーン平野の戦いは、いよいよ首都エルセントでの決戦に向けて動き出していた。
 初代ソンタール皇帝ザマラブの命令を受けて赴任して以来、代々セントーンを攻撃する機会を狙っていた東の将は、南からセントーンに進入した。そして瞬く間にハダラ、サガヤ、ルボンと進軍してセントーンの半分を制圧し、セントーン軍の総司令官のゼリドル王子を盾の城と呼ばれるトラゼールに追いつめて包囲した。
 かつては月光の将と呼ばれてセントーンに北部から侵入しようとしたが果たせず、ユマール大陸に渡った将は大艦隊を建造しながら歳月を過ごした。そしていよいよ攻撃の準備が整うと、マルバ海を押し渡り、途中でザイマンのドレアント王の艦隊を殲滅してセントーン南部のダワに上陸した。そこで東の将の元から離脱した大軍を吸収し、海と陸の両路からエルセントに向かって北上している。
 セントーン平野の南に横たわる大河トラム川は、黒い巻物の魔法使いレリーバの毒によって死滅の危機に陥ったが、海の妖精トーム・ザンプタの一命を賭けた行為によって生命の滅亡だけは避けられた。
 一方、セントーン平野の北に栄えた大都市トルマリムは、黒い冠の魔法使いとその配下の魔獣によって燃え尽きた炭のごとくなって崩れ落ちた。
 東の将キルティアの軍が囲むトラゼールが陥落すれば、セントーンの主立った都市はすべてソンタール軍の手に落ち、いよいよ首都エルセントが最後の砦となってしまう状況になっていた。
 そしてセントーンに侵入したソンタールの残る二将、セントーン平野の北方の小都市ソーカルスを占領して戦況を眺めていたマコーキンとパール・デルボーンも、そろそろ南下する頃だと考えた。

 ソーカルスを出発する前日、マコーキンは帯同する人々を久々に夕食に招いた。ソーカルスの中央にある市庁舎の豪華な食堂にはすでに秋の風が吹き込んでいる。
 食堂の中央の長いテーブルの上座の短い辺にソンタールの第四皇子ムライアックが座り、その向かって右にマコーキン、パールの二将とマコーキン配下のバーン、バルツコワ、さらにパール配下のペイジ、ヒース、シャイーが座った。ムライアックに向かって左の列には一つ空いた席を挟んでシャンダイアのエラク、アシュアン、モントの三人の外交官が座っている。ほぼ全員の着席が終わると、マコーキンがアシュアンの後方に立って窓から星空を眺めている女魔術師ミリアに声をかけた。
「レディ・ミリア、あなたはなぜいつも最後まで席に着かないのかね」
 ミリアが振り返って首をかしげた。
「なぜかしら、たぶん皆がちゃんとした場所に着くのを確認しないと気が済まないのかもしれないわ」
 ミリアはそう言うと机に座った男達を見回してため息をついた。アシュアンが首をよじって後ろに立ったミリアに尋ねた。
「わしらの並びはこれでいいのかね」
「そうねえ、まだわからないわ」
「どういう事だ」
 ミリアは両手を胸の前に上げて、人差し指を立てて並べた。
「この星の重要な人物は光と闇の陣営に対立する存在があるはずなの。ここに集まった人間が光と闇の戦いに関係している以上、それぞれに定められた位置があるはずだわ。それがまだわからない」
 若いパールが笑った。
「面白い、ちなみに俺と対立する存在は誰だと思う」
「謎だわ、第六の将に対応するシャンダイアの国は無いから。もしかしたら、あなたと対立する存在は身近な人かもよ」
 パールは隣のページと顔を見合わせて肩をすくめた。ミリアは優雅な物腰でマコーキンの向かいの席に着いた。
 バーンが給仕に軽く指示をすると、グラスに飲物が注がれ、料理が運ばれて来て夕食が始まった。料理が次々に運び込まれ、マコーキンとミリアは優雅に、パールと部下達は楽しそうに食事をした。一方、一番位が高いはずのムライアック皇子は落ち着かな気に食事を口に運んでいた。しばらくして、学者肌のサルパート貴族エラク伯爵がマコーキンに尋ねた。
「マコーキン将軍、これから真っ直ぐにエルセントに向かわれますか」
 マコーキンは首を振った。
「いや、エルセントの周辺に近付けばキルティアとライケンが黙ってはいまい」
 隣のパールが左手を器用に使って肉と穀類をこねて口に放り込んだ。
「何たってあの二人にはセントーン攻めの優先権があるからな」
 マコーキンがうなずいた。
「今の我々とは兵の規模が違い過ぎる、張り合う気は毛頭無い。トルマリムの近くまで進んで様子を見よう」
 バルトールの情報網を持っているマスター・モントが険しい顔をした。
「黒い冠の魔法使いと闇の獣の攻撃でトルマリムは壊滅したそうです」
 大柄な戦士バルツコワが、白い顔に血を上らせて憤った。
「ライケンはなぜそんな化け物を放っておくのだ」
 冷静なバーンが答えた。
「おそらくはライケンにも手が出せないのだろう。セントーン攻めに黒い冠の魔法使いを利用しておいて、セントーンとキルティアを滅ぼしたらば、その後はガザヴォックにでも取り入って魔法使いを始末する気ではないかな」
 その話を聞いていたミリアは、ムライアック皇子の落ち着かな気な様子をいぶかしんだ。
「どうしたのムライアック、具合でも悪いの」
 ムライアックは肩を震わせた。
「いや、そうじゃない、ライケンに近付きたくないのだ。奴は必ずもう一度私に接触してくる」 
「それだけ」
「もちろん」
 ミリアはそう言ったムライアックを見つめて疑わしげに眉をひそめた。

 翌日、真っ青な空を仰いでマコーキンとパール・デルボーンの軍は南下を開始した。マコーキンとバーン、バルツコワの率いる黒い鎧の軍は整然と隊列を組んで進んだ。すでに西の将では無くなったが、その軍にはソンタール五将の誇りが満ちていた。
 その後に全く雰囲気の違う軍が続いた。パール・デルボーンと、部下であり、友人であるペイジ、ヒース、シャイーが率いる軍である。この軍は整列という言葉をまるで知らないようだった、一人一人が気ままに歩き、時々大声で笑い合った。パールは魔獣にまたがり、隊列の中央で回りの兵と話しながら進んでいた。
 この、ソンタール内ではおそらくハルバルト元帥の皇帝親衛隊に継ぐ力を持つソンタール軍は、急ぐ事無くゆっくりと進んだ。その進む途中の町や村にはトルマリムからの難民のテントが多く張られていた。マコーキンの参謀バーンはテントを眺めながらマコーキンに声をかけた。
「黒い冠の魔法使いと巨大な獣に滅ぼされたトルマリムの市民達です」
 マコーキンはうなずいた。
「トルマリムを見てみよう、魔獣がどの程度の力なのか知る必要がある」
 トルマリムが近付くに連れ、街道の雰囲気は陰気さを増していった。そして二人の将が率いる軍勢は真っ黒な瓦礫の都市に辿り着いた。その徹底した破壊ぶりに一行は声を失った。
 しばらくその黒い廃墟を見つめていたマコーキンは、ゆっくり手を挙げると短く指示を下した。
「離れる」 
 マコーキン軍は足早にトルマリムから北に向かい、川を渡ってその日のうちにいくつかの村に分かれて陣を敷いた。

 (第十六章に続く

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