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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第二十一章 北風

福田弘生

 

 ソンタール帝国第六の将パール・デルボーンは、マコーキンと行動を共にしながらセントーンの状況をうかがっていた。首都エルセントは目の前にあったが、マコーキンもパールも兵が少なかった。今の所ユマールの将、東の将、セントーン軍の三つ巴とも言える戦いを眺めているしか無かったのだ。
 マコーキンはトルマリムの廃墟を離れた後にミルバ川の北に布陣したが、しばらくして川を渡り、支流に挟まれた平地に陣を構えた。マコーキン配下の猛将バルツコワは兵を連れて連日規則正しい訓練に精を出したが、マコーキンとバーンはこの何も無い場所に村のようなものを造り始めた。地割をし、兵営を設営し、近くの村人に声をかけて作物を売る場所を設けた。教会のような建物を建て、川から水を引く工事までした。マコーキン達はこのちょっとした創造を楽しんでいるようだった。
 パールと友人である三人の貴族の息子は、元西の将の奇妙な行いを興味深く見守っていた。やがて兵士以外の人間が増えてきて、集落が賑やかになってきたのを見てパールが思い付いた。
「シャイー、三日後の夜に広場に盛大なかがり火を焚いてくれ。建国祭マドールの祭りをしよう」
 たまたまそばにいたシャイーは驚いた。
「ああもう建国祭の時期ですか、すっかり忘れてたなあ。でも何だってこんな所で」
「いいだろう、別にする事も無いしグラン・エルバ程では無いがセントーンの豊かさは大したものだ。この戦いのさ中でさえ作物も物資も豊かにあるから、祭りをする準備は充分に出来るだろう」

 三日後、パールは賑やかな祭りを開いた。駆り出された村娘達はせいいっぱいめかし込んで参加した。セントーン人ではあるが、農民達にとって支配者が変わった以上喜んで従うしかなかったのだ。それにマコーキンとパールの兵は礼儀正しく節度があったので、断る理由も少なかった。事実、娘達のほとんどはこの祭りを喜んでいた。
 集まった人々は輪になって踊り、兵達は歌を歌い楽器を奏でた。パールの部下にはこういう芸達者な者が多かった。不思議な事に、この踊りや人々に配られる食べ物の手配を指揮しているのはソンタール帝国の第三皇子ムライアックだった。パールは企画はするが、細やかな手配が出来るタイプではなく、三人の友人も得意ではなかったのだ。ムライアックは喜々として祭りの指揮をした。さらに奇妙な事にアシュアン、エラク、リケルといったシャンダイアの外交官達もその手伝いをしているようだった。
 マコーキンは広場に面した指令所の窓から篝火と人の群れを見ていた。マコーキンの兵もパールの兵もあちこちで酒盛りと踊りに興じている。マコーキンの部下の中でも踊りが好きなバルツコワは、人の輪の中心に巨大な姿を踊らせていた。
「バーン、パールは何を考えているんだろう」
「単に退屈なのでしょう。ムライアック皇子やシャンダイアの外交官達は元々こういった事が好きなのではないですか」
「以前から不思議に思っていたのだが、パール・デルボーンとは何者だ」
「さて、第六の将は貴族の間でも謎の存在です。家柄が高いわけでも無いのにいつの間にか兵を集め、あの若さで第六の将にまでなってしまいました。ハルバルト元帥の後ろ盾があるようなのですが、なぜ元帥がそこまで支援するのかわかりません、ここだけの話なのですが」
 バーンはマコーキンに顔を寄せた。
「皇帝の血筋に繋がっているという噂もあります」
「ややこしいな、まあパールの人柄は好きだし、戦闘時の能力も高い。友人として付き合ってもいいだろう」
「少し気になるのは、目的のためにはあまり計画を立てずに自分を投げ出してしまいそうな雰囲気がある事です。彼の行動には距離を置いたほうが良いかもしれません」
 その時、窓の外に魔術師ミリアがひょっこりと顔を出した。美しい黒髪が篝火に照らされてオレンジ色に縁取られている。マコーキンはまるで女神を見たかのような錯覚を覚えた。
「外に出て来なさいよマコーキン、楽しいわよ」
 マコーキンは不思議そうに尋ねた。
「外に出て何をする」
 ミリアは大袈裟に驚いたような顔をした。
「何をって、もちろん踊るに決まってるじゃない」
「ええっ」
 マコーキンはバーンを振り返ったが、バーンは肩をすくめて横をむいた。ミリアがニヤリとして窓の外で右手をクイッと引くと、マコーキンの左手が引かれるように動いた。
「これはどうした事だ」
「あなたと私はガザヴォックのくびきの鎖の魔法で繋がれているのよ、あなたが私を支配できるのならば逆も出来ると思ったの。何と言っても魔法は私の専門分野だもの」
 マコーキンはバーンにうらめしげな視線を送るとぶつぶつ言いながら外に出る扉に向かった。バーンはその後姿を眺めて不思議な気持ちになった。
(この魔法の結びつきはマコーキン将軍をどう変えるのだろう)
 広場では男女が二人一組になって体を寄せ合いながら踊っていた。セントーンでは、田舎の村でも娘達は一通りのダンスが踊れる。外に出てきたマコーキンを見ると、黄色いドレスのミリアは嬉しそうに微笑んだ。マコーキンがあきらめたようにミリアに手を引かれて踊りの中に加わると、周りの男達から驚いたような声があがった。マコーキンはミリアを睨んだ。
「私の評判に傷をつけたら承知しないぞ」
「あらどんな評判」
 マコーキンは困ったような顔でミリアにささやいた。
「私は禁欲的で自己に厳しいと思われている、それが兵を統率する基本だと信じている」
 ミリアは巧みにマコーキンをリードしながら体を寄せた。
「ああ、だからあなたの軍は面白味が無いのね。大丈夫よ、これであなたの評価はむしろ上がるわ、どう楽しいでしょ」
 マコーキンが見回すと、兵達が笑って手を振っていた。
「兵達が楽しむのであれば私も嬉しい」
「つまらない言い方をしないで、あなたうまいわよ」
 マコーキンはむっつりと口をつぐんだ。ミリアはコロコロと笑うと、マコーキンを振り回すように踊りを続けた。

 パールは気ままに人の群れに体をゆだね、手当たり次第に食べて飲んでいたが、やがて疲れて酒の瓶を片手に広場の隅に転がっていた丸太に座って一息ついた。その時、パールの後ろの暗がりから声がした。
「パール様、ご機嫌うるわしゅう」
 パールは振り返りもせずに応えた。
「誰だい」
 暗がりから黒い服を着た小男が姿を現してパールの横に立つと頭を下げた。
「イサシと申します」
 パールは瓶を口につけるとガブリとあおった。
「ああ聞いた事がある、バルトールの暗殺者だろ」
「はい」
「何の用だ」
「しばしお話を」
「いいぜ」
 イサシは声をひそめた。
「この平野での戦いもいよいよエルセントでの戦いを残すのみとなりました。パール様は最終的にライケンとキルティアのどちらに協力するおつもりでしょうか」
「俺はマコーキンと共に動く、マコーキンはハルバルト元帥の指示で動く。元帥はライケンの勢力が拡大するのを好まないだろうし、もしかしたら乱戦の中でライケンを討てという命令を下すかもしれない。マコーキンにはそれが出来る力がある」
「それでは残るのは」
「キルティアだろう、俺達は結果的にキルティアを助けると思う」
「意外ですね、ライケンは現在二十万を超える大兵力です。このセントーンで勝利すれば一気にハルバルト元帥、ゼイバー提督に継ぐ実力者になるでしょう。味方をするのならばライケンでは無いですか」
「バルトール人の一部が、商人ギルドの長レボイムと手を組んでいる事は知られている。レボイムはライケンを後ろ盾にしたがっている。だからライケンを支援したいのだろうが、その誘いにはのらないぜ」
「いえ、それだけではございません。ライケンを後見とすれば、近い将来あなた様の存在はソンタール帝国の中で巨大なものになる可能性があるのでございます」
「どういう事だ」
「今はご存じ無いほうが安全でしょう、いずれ時が来たらお話申し上げます」
 そう言うとイサシは闇にまぎれた。

 パールの人物を確かめたイサシは兵達の騒ぎを後にして森の中に入った。パールが予想以上に優れた人物だった事にイサシは少し興奮していた、そこにスキが生まれた。イサシが殺気に気付いた時にはすでに三人の人影に囲まれていた。イサシは自分を囲んだ人影に見覚えがあった。
「アタルスか」
「お久しぶりですイサシ殿」
 バルトールの訓練を受けた四人の暗殺者は闇の中で身構えた。

 (第二十二章に続く

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