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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第二十二章 エルセント包囲

福田弘生

 

 三人の男に取り囲まれたイサシは正面のアタルスを睨み付けた。その時、アタルスの後ろからかすかに灯りが差すように見えた。イサシが目をこらすと、闇の中に明るい黄色のドレスを着た女性が現れた。
「イサシね」
 イサシは舌打ちした。
「魔術師ミリアか、そう言えばマコーキンの陣営にいたんだっけな」
 イサシは懐から短剣を取り出すと地面に放り出した。
「参った。アタルス達だけなら何とか逃げ出す方法もあるかと思ったが、魔術師まで相手にしてはさすがにかなわない」
 アタルスがイサシの短剣を拾い上げた。
「俺達だけでも絶対に逃げられなかったぞ、ミリア様が貴様に聞きたい事があるそうだ」
「俺から聞き出すのは命を奪うより難しいぞ」
 ミリアが凄みのある微笑みを浮かべた。
「試してみましょう」
 ミリアの声が低くなると、イサシは全身を押さえつけられるような圧迫感を覚えた。
「そうか魔女め、こんな力もあるのか」
「そうよ」
「ならば」
 イサシはミリアを睨むと口の中に含んでいた小さな錠剤を噛み砕いた。崩れるように倒れたイサシを、アタルスがあわてて受け止めた。
「ああ、もうこのっ」
 ミリアは悪態をつくと、駆け寄ってイサシの口の両側を手で挟むようにして開いてみた。
「モッホの粉ね、この状態じゃ何も聞けないわ」
「どういたしましょう」
「とりあえず私の泊まっている家の蔵に閉じ込めておいて、絶対に逃がしちゃ駄目よ」
 アタルスはちょっと傷ついたような顔をした。
「私達は逃がしません」

 ・・・・・・・・・・

 ユマールの将ライケンが率いる二十四万の大軍は、ザワザワとまとまりなく、それでも着実にエルセントの南から押し寄せると、ミルバ川を挟んだ南面に丸一日をかけて布陣した。川を渡るかとも思われたが、それをしなかった事は艦隊を川に入れる可能性がある事を示していた。
 最後に戦場に到着したライケンは、ミハエル侯爵と共に兵達から離れてミルバ川の川岸に歩を進めた。そして対岸に果てしなく続く城壁を眺めて、羨望とも聞こえる声をあげた。
「おお、これは何とも壮観」
 ミハエル侯爵もさすがにため息をついた。
「エルセントはこの星でグラン・エルバ・ソンタールに次ぐ大都市です。しかしグラン・エルバにはこれ程の城壁は必要ありませんので、エルセントは間違いなく世界最大の城塞都市と言って良いでしょう」
 ライケンは不思議そうな顔でミハエル侯爵の顔を見た。
「これを落とせると思うか」
 ミハエル侯爵も思案顔で髭をなでた。
「そのために、はるばるここまでやって来たわけですが」
 ライケンはもう一度城壁に目をやった。
「敵は兵数こそ少ないがカインザーのセルダン王子が指揮をとっている。それに対して私は城攻めの経験など無いし、ユマールから連れてきた兵は実戦の経験すらほとんど無い。キルティアの元を離脱してきた兵もセントーンをウロウロしていただけで、実際のキルティアの戦いには加わっていない」
「その通りでございます。しかし我々には艦隊と大砲があります、その扱いは世界一と自負しております。まずは海と川からエルセントの城壁を破壊しましょう、陸戦は大軍を活かせる状況が来るまでは慎重に行ったほうが良いかと思います」
「そうだな、最終的に我々だけが生き残ればいいんだ」
 その時、一陣の冷風が吹き、黒い衣の若者が二人の後ろに出現した。
「我が巨獣はいつでも出撃できますよ」
 ライケンは黒い冠の魔法使いゼリッシュを振り返った。
「巨獣が力を取り戻すのにえらく時間がかかるもんだな」
「やむを得ません。巨獣は大地を炭に変えますが、そこではすべての魔法が消えてしまうのです。魔法の無い土地にいる短い間に巨獣は魔力を消耗してしまいます」
「だからトルマリムなど無視しておけば良かったのだ」
「トルマリムを壊滅させる必要があったのです、理由はいずれわかるでしょう。それよりエルセントをどう攻撃しますか」
「巨獣は最後の手段だ、エルセントはなるべく傷つけずに手に入れたい」
「それは無理でしょう、ここは焦土となる運命です」
「それは黒い冠の予知の力かね」
 ゼリッシュは肩をすくめた。ライケンはもったいない、もったいないと小声でつぶやきながらため息をついた。

 ・・・・・・・・・・

 数日後、東の将キルティアの大軍がエルセントの西の丘陵地帯に布陣した。キルティアは黒い巻物の魔法使いレリーバと巨大な山猫デッサと共に、丘の上からエルセントの街並みを見下ろした。そしてうっとりしたような声をあげた。
「さても巨大で美しい都市である事よ」
 トラゼール戦での消耗のため青白い顔をしたレリーバが、ミルバ川の彼方にたなびくライケンの旗を指差した。
「力攻めで落とせば多大な損害が出るのは必定、それではライケンとの争いに勝てません。セントーン攻めはしばらくライケンにまかせておいて、私達は後ろからやって来るトラゼール城の残党を始末する事に専念してはいかがですか」
「ふむ、確かにトラゼールの兵は邪魔であるな、よし追い散らしてやろう。ところで」
 キルティアは目に笑みをたたえてレリーバを見た。
「ティズリは何をしにやって来たのだ」
 一瞬息を止めたレリーバが、キルティアの気持ちを探るように答えた。
「メド・ラザードの指示を伝えに来ました、キルティア様の進軍を遅らせるようにと。もちろん私は断りましたが」
「それはそなたに裏切りの可能性があったと言う事だろう、元々そなたはラザードの弟子であるしな。そなたがトラム川に流した毒は並の毒ではあるまい」
「お気付きでしたか」
 キルティアは高笑いした。
「かまわなかった、むしろ退路を断って戦えた事を感謝しているくらいだ」
「もう毒は消えました、翼の神の弟子のシュシュシュ・フストが命がけで浄化したようです」
「そうか、我らには敵が多いな」
 キルティアはデッサを見上げた。
「そなたはどうだ」
 デッサの声が二人の心に届いた。
「猫は元々孤独な生き物よ」
 キルティアは太古の猫の体に身をすり寄せた。
「私の命には限りがある、だから孤独も耐えてゆける。そなたの限り無き命の、限り無き孤独にはとても敵わぬ」
 キルティアはそう言って、優しくデッサの腹をなでた。

 (第二十三章に続く

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