二十四万の大軍を率いたユマールの将ライケンは、小手調べにまず二万の兵にエルセントの南を流れるミルバ川を渡らせた。エルセントの守備軍は艦隊の侵入を妨害するために川の橋を落としていなかったため、川を渡るのは容易だったのだ。しかし二重になったエルセントの外側の巨大な城壁を兵達は攻めあぐねた。攻城用の梯子で城壁に取り付いた兵は簡単に弓で狙い討たれ、ようやく上に登った兵はベリック王率いるセントーン兵に斬り倒された。ベリックは黄色いバルトール旗と紫のセントーン旗を城壁の上に掲げた。 ライケンはスゴスゴと引き揚げてくる兵をながめて舌打ちした。 「またもベリックの小僧か、ミハエル、海上の艦隊に港からの砲撃を開始させろ」 参謀のミハエル侯爵は海軍を指揮するヤーン伯爵に指示を送り、海軍はエルセントの東の海上から艦砲射撃を開始した。この砲撃で港沿いの商家や宿は粉々に砕かれたが、その程度の被害では惑星第二の都市エルセントの機能は全く損なわれなかった。 馬の扱いがすっかり上手になったエルネイア姫は、毎朝早くから城壁を巡って守備兵や戦闘の手伝いをしている市民達を勇気付けた。 聖なる巻物の癒し手スハーラは傷ついた兵の治療に奔走した、だがそのスハーラ自身に元気が無い事が仲間達を心配させていた。 すっかり女王様気取りのアーヤは、他の仲間が相手にしてくれなくなった事に腹をたてながらも、エルガデール城でレンゼン王やマスター・ケイフに無茶な命令を下しては困らせていた。
十五万の兵を率いた東の将キルティアはエルセントの西面を封鎖したが、無駄に城壁に挑む事はしなかった。そして半数以上の十万の兵を反転させて、トラゼール城を脱出した八万のセントーン兵達を迎え撃つ体勢を整えた。 そのトラゼール勢の中に、魔術師マルヴェスターと魔法使いテイリンがいた。マルヴェスターは、ゼリドル王子の戦死後に統制を失っていた軍を立て直すと、エルセントの北からの入城を試みてキルティア軍と激しい戦闘に入った。しかしセントーンでの戦いを最初から戦い抜いた東の将の強兵はセントーン軍の必死の攻撃でも崩れず、エルセントに入城しようとするトラゼール勢を跳ね返した。やがてトラゼール勢はキルティア軍の猛攻にあって退却した。 キルティアはさらに追撃してトラゼール勢の壊滅を狙ったが、今度はエルセントから出撃したセルダン王子の部隊の攻撃を受けたために追撃を中止した。セルダンはトラゼール勢との間でキルティア軍を挟み撃ちにしたかったが、城側の兵が少ないためにうまくいかなかった。結局、トラゼール勢は後退してエルセントの北方に布陣した。 マルヴェスターは野営の手配を終えると、テイリンと共にキルティアの大軍の偵察に出た。すっかり日が暮れた頃、キルティア軍の近くに馬を止めてマルベスターは言った。 「やれやれ、さすがにスキが無い。強引にエルセントに入ろうとすると被害が出るばかりだ、止まってしばらく様子を見よう」 その時テイリンは闇の中から呼ばれているような気がして馬を降りた、そこに狼がやって来た。 「やあレイユルー」 ルフーと呼ばれる狼の長はエルセントの方角に顔を向けた。 (セントーンにある魔法の存在が、今ここに集まりつつあります) テイリンに続いてマルヴェスターも馬を降りた。 「その通りだ、ここには五人の聖宝の守護者、黒い巻物の魔法使いレリーバ、黒い冠の魔法使い、太古の山猫デッサ、そして黒い冠の魔法使いが操る謎の巨獣がいる。さらに私とテイリンと、ドラティの息子の竜だ。おそらくこれだけの魔法が集結するのは歴史的に見ても初めての事だろうな」 レイユルーがささやくように尋ねた。 (残る一人の守護者はどこに) 「南方のヤベリで、カインザー軍の到着を待っている。もう一人魔法の使い手ミリアが、北のマコーキンの陣にいるはずだ」 テイリンがたずねた。 「レイユルー、それですべてか」 (もう一人、メド・ラザードの娘がこの近くに) マルヴェスターがうなった。 「ティズリか、面倒な娘が現れたな」 「強力なのですか」 「そこそこだ。要塞付きの魔法使いになり損ねたが、メド・ラザードの娘だから政治的に色々と面倒を起こしやすい。ティズリを知らんかね」 「はあ、私はグラン・エルバの政治には疎いので」 マルヴェスターは長い顎髭をしごいた。 「テイリン、お前はこのままレイユルーと一緒に行ったほうが良いな。どの魔法がどの魔法と組み合うのかがはっきりしていない、少し戦場を離れて様子を見ていなさい」 「エルセントは大丈夫でしょうか」 「なるようになるだろう、コウイの秤が運命を決めるさ」 こうしてテイリンはその夜、セントーン軍を離れた。
バルトールの暗殺者イサシは、マコーキンのつくった集落の中にあるミリアの宿の裏にある蔵の中で、二日間昏睡を続けた後に目を開いた。蔵の中は冷え切っており、こわばった体をさすりながらイサシは立ち上がった。そして不快な口の中の感触を吐き出すようにつばを吐いた。 (マスター・ジザレにはもう少し純度の低いモッホの粉をつくってもらおう。そうしないと死んでしまう) イサシは蔵の土壁をなでてみた。かなりぶ厚く丈夫に作られているようだ。鍵がかかった扉の向こうにはおそらくアタルス達兄弟の誰かがいるだろう。床土は堅く踏み固められており、天井には丈夫な板が打ち付けられている。それを剥がそうとすれば、かなりの音を立ててしまう。 (さて) イサシは目をこらして蔵の中を見回した。 (出口は無し、どうしてもアタルス達を殺して脱出するしかないか) イサシは殺気を消して扉をじっと見つめた、そして動こうとした時に刺すような冷気を背中に感じて振り返った。するとイサシの見ている前で扉と反対側の壁に凍り着いたような霜がかかり、蜘蛛の巣のような細かいヒビが広がった。イサシが注意深く見つめていると、壁が溶けるように崩れて女が顔を出した。イサシはひそめた声で言った。 「ほう、これはメド・ラザード様のご息女ではないですか」 「レリーバの元を抜け出してきたら、あんたを見かけたんでね。急ぐよ、ミリアがいる。すぐにあたしの魔法に気付く」 イサシはうなずくと壁の穴から外に出て森に走り込んだ。 蔵の扉の前に立っていたのは、三兄弟の末弟のタスカルだった。そのタスカルが蔵から人の気配が消えた事に気付くのと、ミリアがティズリの魔法を察知して蔵に着くのはほぼ同時だった。 タスカルはミリアの姿を見ると、すぐにイサシを追って走り出した。
(第二十四章に続く)
|