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セントーン平野の南方の港町ヤベリには二千のユマール兵が駐屯していた。総大将ライケンはすでにエルセント攻撃に向かっており、ヤベリ付近は完全に戦闘の空白地帯になっている。そのため、ここのユマール兵の主な役目は、セントーンの地方貴族が蜂起した際の鎮圧だった。
そこに海賊王ドン・サントスに率いられた五十隻の海賊艦隊が襲来した。見栄っ張りのサントスは小型の船ながら堂々とした船列を組んで入港した。海賊船が港に着くとすばしこい海賊達が次々と船から飛び出して、港を守っていたユマール兵を蹴散らした。その後カインザーのベロフ男爵とクライバー男爵に率いられた四千の兵が上陸し、あっという間に町を制圧した。
戦闘終了後、海賊を指揮していたサントスの腹心ベズスレンは、大きな鼻をヒクヒクさせながら町中を見回した、そして物問いたげにベロフをうかがった。
ベロフはむっつりと首を振った。
「略奪は駄目だ」
「なんでい、俺たちゃ海賊だぜ。ただの兵員輸送屋として使われるようになっちゃあ、おしまいだな」
そう言ってベズスレンはプンプンしながら船に戻って行った。そこに重たい蹄の音を響かせて巨大な芦毛馬に乗ったブライスと、栗毛の若馬に乗ったアントンが数名の部下を引き連れてやって来た。ブライスが父譲りの轟くような声でベロフに呼びかけた。
「やあ、片付いたか」
ベロフは涼しい顔でうなずいた。
「お久しぶりですブライス王」
「まだ王としてザイマンの国民に認められたわけじゃないぞ、デルはどんな様子だ」
「要塞奪回に少々てこずりましたが、現在では緑の要塞をしっかりと守っています」
「バイルンは」
「最後に見た時はかなり弱っていましたが、回復に向かっているようです」
「それは良かった、操船の巧みなザイマン艦隊はほとんどが戦闘に使われるだろうから、バイルンにカインザー艦隊を率いてもらわないと兵員輸送に支障が出る」
そこにアントンの部下がヤベリの町長と、地元の貴族を連れてやって来た。ブライスはドスンと馬から降りて、涙を流さんばかりに喜んでいる二人に宣言した。
「この町はシャンダイアに復帰した」
アントンがベロフに尋ねた。
「父はどこにいますか」
「やあ、大きくなったなアントン」
ベロフが続けて何か言いかけた時、港町の石畳に派手な音を響かせて街並みの中からクライバーを乗せた馬が走り出して来た。クライバーはアントンを目にすると馬上から叫んだ。
「おうアントンじゃないか、元気か」
アントンは父の赤いマントを見上げて、胸の内にこみ上げてくるものを抑えた。
「母上からの伝言があります、どうやら僕に妹ができたようです」
クライバーは馬上でほがらかに笑った。
「そうかそれは嬉しい、お前はもう会ったのか」
「いいえ、僕が家を出る時にはまだ生まれていませんでした」
「それでも妹だとわかるのか」
「母上は確信していました」
「よし、それならば間違いは無い。さっさとライケンとキルティアを片付けて、一緒に会いに帰ろうぜ」
「はい」
そこにクライバーの参謀のバンドンが馬を引いて来て、アントンに声をかけた。
「ありがとよ、アントン。馬がいっぱい用意されているのは、お前さんが集めておいてくれたんだろう」
それを聞いたブライスが険しい顔をした。
「おい、物を運ぶのはザイマン人の得意分野だぞ。カインザー人が来れば大量に馬が必要になる事くらい俺にだってわかる」
「でもクライバーの事は知らないだろう。クライバーが来るって事は、鞍を乗っけていつでも人を乗せられる馬を一部隊分用意しとかなきゃ、自分一人で駆け出してっちまうって事だ」
クライバーが満足気にうなずいた。
「その通り。さすが俺の息子だ、よく用意して待っていた。アントン、馬に乗れ」
アントンが急いで馬によじ登るのを確認してから、クライバーは馬頭をめぐらした。
「ベロフ、時間が無い、セルダン王子が待っている。エルセントまで駆け上がるぞ」
横に並んだアントンが説明した。
「その前にダワを奪回しなければなりません、バオマ男爵が現地で準備しています」
そこにフラフラと揺れるような足取りで、サルパートのエスタフ神官長とレリス侯爵がやって来た。白髪の神官長はブライスに目をとめると勝ち誇ったように叫んだ。
「見つけたぞブライス」
ブライスはしまったというふうに肩をすくめた。
「お二方、なぜこんな所へ」
「お前とスハーラを結婚させるために決まっとるだろう」
「そんな勝手な、しかもこんな時期に」
レリス侯爵が二人の間をとりなすように言った。
「スハーラはリラの巻物の守護者、サルパートの重要人物だからマキア王も心配なさっておいでなのだよ」
ベロフがパチンと鞘を鳴らして注意を引いた。
「まずはエルセントに辿り着かねばなりません、お二方、今度は馬になりますぞ」
エスタフ神官長が真っ赤になった。
「いいかげんに年寄りを大切にする事を覚えんか、あんな粗末な海賊船の後にすぐに馬に乗れと言うのか」
「ならば後から馬車でゆっくりおいでください。ブライス王子、我々は急ぎましょう」
ブライスは感謝の眼差しをベロフに向けると芦毛の乗馬スウェルトの背に乗った。クライバーが走り出し、後からアントンとブライスが続く。こうしてブライス、ベロフ、クライバーに率いられた四千のカインザー軍の北進が開始された。
（第二十五章に続く）
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