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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第二十五章 北の馬、南の船

福田弘生

 

 北方のバルトール王国の主要都市リナレヌナの戦いでパール・デルボーンの軍を破り、北からソンタール勢力を駆逐したカインザーのロッティ子爵は、バルトールの首都ロッグで体勢を整え直すとセントーンに向かって出発した。
 率いるは騎兵二万、歩兵二万、総勢四万のカインザー人だった。ロッグのマスター・トンイはバルトール人の兵も帯同するように申し出たが、まだバルトール国内は不安定な状態にあり、兵士の鍛錬度や経験からも強力なカインザー兵のみを引き連れる事にしたのだ。
 ロッティ軍はロッグを出発すると一路ランスタイン山脈沿いに東に向かい、山脈の東の端を回ってセントーン領に入った。カインザー軍の行軍速度は速く、世界中の地下商人の総元締めであるロッグのマスターが蓄えた物資で充分に装備されていたため、兵にも馬にも力が溢れていた。
 しかしその強兵は今、雪に怯えるように急ぎ足で進軍している。元々カインザーは暑く乾燥した地域が多かったため、カインザー兵は雪中での行軍や戦闘の経験は少ない。尾花栗毛の愛馬にまたがって軍の中央を進むロッティ子爵は、隣に轡を並べたエンストン卿にぼやいた。
「いやはや、これ程時間がかかるとは思わなかった。もうセントーンに入ったがどこまで行っても草原と林ばかり、しかもこの寒さだ」
 エンストン卿も肩を震わせた。
「仕方がありません。リナレヌナの戦いの痛手を回復して出発の準備を整えるまでに二か月もかかってしまいました、もう少し時間がかかると完全に雪に捕まっていたところです」
「ふむ、しかもこの先エルセントまでの間には問題が一つあるな」
 エンストン卿がうなずいた。
「マコーキンとパールがいます」
「マコーキンの兵が一万にパールの兵が二万、総勢三万か、さてどうする」
「マコーキン達は謎の魔獣に破壊されたトルマリムの西に陣地を構築しているようです。しかしあの二人の将の性格からして陣を守る戦いをするとは思えません、陣地は我々を引き寄せる餌のようなものでしょう」
「二人とも野戦の名手だからな、おそらくは陣を捨ててランスタイン山脈近くの平野に移動してから攻撃をしてくるだろう、引っかかってやるか」
「エルセントを囲むライケンとキルティアは大軍です、エルセントを救うためには我々は一兵も減らしてはなりませんよ。兵数で優る我々がマコーキン達に負けるということは無いでしょうが、あの二人を相手にすると総力戦になります。ここは避けたほうがよろしいでしょう」
「だが後ろから攻撃されては困るだろう」
「マコーキン達とライケン、キルティアの間には微妙な力関係がありますので、マコーキン達は当面エルセント攻撃には加わらないと思いますよ。いっそ、エルセント攻めに加わっていてくれたほうが面倒が無かったのですが」
「それはいい、マコーキン達を引き出してエルセントに向かわせよう、キルティアの軍が動揺するかもしれない」
 エンストン卿が首をかしげた。
「伝令鳥によるとエルセントの郊外には、入城できなかったトラゼール城の守備隊がいるそうです。あまり戦場が混乱すると彼らが困るかもしれません、まずは彼らに合流しましょう」
 ロッティはつまらなそうに口をゆがめた。やがて遠く南の空に鳥が舞っているのが見えた、エンストン卿が鳥を指差した。
「やがてソーカルスの町です。かつてマコーキンが占領していましたが、今はソンタール軍はおりません。そこにサルパートのマキア王が物資を運んでくれているはずです。マキア王のほうから送っておいたと連絡がありました」
「さすがにぬかりが無いな」
「ライケンの艦隊はマルバ海を南下した後、セントーンに上陸して現在はエルセントの沖にいます。ユマールの北を回る航路には敵は一隻もおりません」
「だからサルパートの鈍重な船でも航海出来るわけだ」
「お言葉が過ぎますぞ」
「俺は遅い者には我慢ができんのだ」
「ならば我々も」
「ああ、急ごう」

 ・・・・・・・・・・

 エルセントの南の城壁を守っていたベリックは、東の港を封鎖していたライケン艦隊が蛸の旗印をなびかせながらミルバ川に侵入して来るのを城壁から見下ろしていた。隣にいたフスツがうなるように言った。
「王、ライケンの艦隊が来ます」
「城壁への砲撃を始めるつもりだな、南面の兵に城壁から引くように伝えて」
 程なくしてライケン艦隊による砲撃が始まった。しかし分厚いエルセントの城壁は戦艦の上に設置された小型の砲の攻撃ではびくともしなかった。ライケン艦隊は川を遡りながら砲撃を加えると、もう一度下りながら砲撃したが城壁は崩れず、艦隊はそのまま海に戻って行った。
 翌日、ライケン艦隊は再び川を遡って来た。そして先頭の一隻が城壁に向かって砲撃をすると、続く二隻目も同じ場所に砲撃を行った。こうして数十隻の戦艦が同じ箇所に艦砲射撃を行って通り過ぎ、さらに旋回して下りながら同じ位置を砲撃した。一箇所に集中的に砲撃を受けた壁には大きな穴が開き、さしもの城壁もへこむように崩れ落ちていた。
 これを見ていたベリックは、フスツと顔を見合わせて感嘆したように言った。
「さすがライケン、頭を使ってくるなあ」
「これを繰り返されると敵兵の進入路が出来てしまいます」
「船を止める方法が無い以上仕方がないな、むしろ敵が入って来てからの対策を考えよう」
 ライケンの艦隊は同じような攻撃を数日繰り返し、エルセントの南の城壁は幅三十メートル程に渡って崩れ落ちた。そしてライケン軍が再び川を渡って城壁の外に押し寄せ、壁の崩れた部分から城内に突入した。
 崩れた城壁の瓦礫を踏み越えて侵入したソンタール兵達は狭い通路に押し込められるように入り込んだ。すると通路の両側の建物から雨のように矢が降り注ぎ、ライケン軍は多くの死傷者を出した。しかし兵達は後ろから来る味方に押されるようにさらに通路を進み、開けた広場に押し出された。しかしそこでも矢に狙い打ちにされ、最後にフスツ率いる騎馬部隊の突撃にあって這々の体で場外に退却した。
 戦闘後ベリックは通路に横たわる敵の屍を見下ろして悲しそうな顔をした。
「いつ見ても気持ちのいいもんじゃ無いな」
 戻ってきたフスツは冷酷な顔で応えた。
「やむをえません、いつ我々がああなるかわからない状況です。しかしさすがにエルセントですね、この城壁は長い年月をかけてセントーン王国が作り上げた堅牢なものだし、城壁の内側の家々まで防御網に組み込まれています。第一の城壁を突破されても、第二の城壁までは複雑な迷路になっている、これならば当分の間は敵を防ぐ事が出来ましょう」
「しかし結局は消耗戦だ。我々の兵は少な過ぎる」
 その後もライケン艦隊は砲撃を繰り返し、セントーンの南の城壁はじょじょにその機能を失っていった。

 (第二十六章に続く

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