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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第二十六章 ダワ奪回

福田弘生

 

 ブライス王を大将とし、ベロフとクライバーの二人のカインザー貴族に率いられたカインザー軍は、ヤベリ上陸後三週間でダワに辿り着いた。しかしすでにカインザー軍来るの報告を受けたダワのユマール軍も、万全の体勢を整えて待ち構えていた。すなわち町に立て籠もったのである。
 ダワに着いたクライバーはアントンとバンドンの二人を連れて馬で町の郊外をぐるりと一巡りすると、馬を止めてアントンに言った。
「敵は市民にまぎれて町全体に広がっている、こいつは困った」
 ひょろひょろと細長く成長したアントンは笑った。
「まさかユマール軍が町から出て野戦で戦ってくれるとは思っていないでしょう。敵は市民を盾にして、エルセントでの戦いにカインザー軍を参加させないための時間稼ぎをするつもりです」
 クライバーは息子の大人びた観察に驚いた、後ろにいたバンドンが大笑いした。
「クライバー、いい参謀が出来たじゃないか。俺はもう必要無さそうだな」
 アントンは手綱をパシンと鳴らして二人の前に馬を進めると、前方にある林に駆け入った。クライバー達が後に続いて行くと、そこに長身の若い男が待っていた。アントンは嬉しそうに手を振った。
「バオマ男爵」
 かつてのダワの領主バオマ男爵は、アントンの後ろからやって来た精悍な二人の戦士を見て肩を震わせた。
「どうもアントンさん」
 アントンは馬から降りて父親を紹介した。
「父のレド・クライバーと父の友人のバンドンだ」
 バンドンが首をかしげた。
「俺は友人でいいのかい」
「だってあなたはカインザーの貴族じゃないし、クライバー家の家臣でも無いでしょ」
「一応、お前の親父の部下らしいぞ」
「じゃ、僕の友人だ。いいでしょう父上」
 クライバーは不思議そうに応じた。
「かまわんよ、それよりお前はどこでそんな話し方を覚えたんだ」
 アントンはギクリとしてバンドンと顔を見合わせた、父はまだアントンがバルトール・マスターである事を知らなかったのだ。
「バルトール人の友人が増えたからです」
「そうか」
 クライバーはそう言うと馬から降りた。
「バオマ男爵、作戦は」
「市民が全面的に協力します。三日後の夜、市民達はユマール兵の酒に眠り薬を混ぜて飲ませます。そして深夜に一斉に町を抜け出して町の南に逃れます」
「なる程、それじゃあ俺達は夜明けと共に町に突入して敵を皆殺しにしてしまえばいいわけだな」
 人がいい男爵は青ざめた。
「何とかその、追い出すだけという事にはできませんか」
 横にいたバンドンが小枝を拾ってぽきりと折った。
「家一軒」
 バオマ男爵がきょとんとした。
「家一軒、ですか」
「そうだ、港の家を一軒か倉庫を一棟燃やしてくれ、それでユマール兵を追い出せる」
 そう言った後、アントンにささやいた。
「見ておけ、被害を最小限に食い止めるためには、最初に最小の被害をこっちで作ってしまうんだ」
 翌日、ブライスとベロフの率いるカインザー軍本体は町から南に後退して陣地を築いた。クライバーとアントンが率いる騎馬隊は遠くダワの北に回り込んで待機し、その間にバンドンと部下達は町民に紛れて町に忍び込んだ。
 カインザー軍がダワに到着してから三日後の夜、町の人々の振る舞い酒に酔いつぶれたユマール兵達は早朝に半鐘の音で叩き起こされた。ユマール軍の指揮官が頭痛に悩みながら外に出ると、港の方角から煙が上がって町中にまでただよってきていた。そこに数人の町民を連れた兵が駆け込んで来た。
「隊長、港の倉庫が燃えています」
「何だと」
 兵の後ろにいた町民が大袈裟な身振りで説明した。
「朝方、倉庫が燃えているのを見つけて兵隊様に報告申し上げました。あのあたりには穀物が積んでありますので燃えやすい、それを知ってカインザー兵が火を放ったのでしょう」
「そうか、敵はこの混乱に乗じて攻めて来るのだな。敵は南に陣取っている、おい、兵を南の広場に集めろ」
 指示を受けた二日酔いぎみの兵達はぞろぞと南の広場に集まった。その間、町の中は妙に静かだったが、早朝だったため兵達は気にしなかった。やがて駐屯兵の半分の二千程が広場に集まった頃、地響きと共に広場の北からクライバー率いる騎馬隊が突入した。
 ユマール兵は大混乱に陥って町の南に向かって逃げ出した、そこに押し出して来たブライスとベロフが率いるカインザー軍が待ち構えていた。挟み撃ちにあったユマール軍はほとんど戦わずに壊滅状態に陥り、這々の体でダワから逃げ出した。さらにバンドンの部下とバオマ男爵が、南に避難していた市民達を指揮して町中からユマール兵の残党を追い出し、戦闘は半日で終結した。
 戦闘後、町の中央の広場にシャンダイアの指揮官達が集まった。息も乱していないカインザー人達を見て、ブライスがため息をついた。
「久々にカインザー兵の戦いを見た、頼もしい限りだな」
 ベロフが涼しい顔で髭を整えた。
「ライケンとキルティアにも早く見せてやりたいものです」
 ブライスが北に顔を向けた。
「ああ、俺は一足先にエルセントに入る。護衛を付けてくれ」
 ベロフが答える前にバンドンが言った。
「真っ先に行きたがるのが誰かは判っているでしょう」
 アントンがブライスの尻を叩いた。
「父が鞍を載せて待ってます」
「そのようだな」
 ブライスはクライバーとバンドン、アントンを引き連れてエルセントに向けて出発した。バオマ男爵はダワの守備に残り、ベロフはレリス侯爵とエスタフ神官長を連れて、少しずつ軍に参加してくるセントーン人を集めながら北に進軍した。

 (第二十七章に続く

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