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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第三十二章 猫の街

福田弘生

 

 チャガは城壁の中に侵入する時に、かすかな魔法の障壁の存在を感じた。おそらく聖宝の守護者達が築いた結界だろう、より魔法に多くの力を依存している黒い巻物の魔法使いレリーバや黒い冠の魔法使いは、この結界のために容易にエルセントの内部に踏み込む事が出来無いのだ。
 チャガは一晩かけて街の中を走り回って地形を調べた。そして翌晩、山猫マーバルの群を率いて、街の中を魔法の法則が定めた道筋に従って歩き出した。進みながら一定の間隔を置いてマーバルが一匹ずつ立ち止まり、やがて屋根の上、塀の上、茂みの中と、都市の中に散らばったマーバルを結ぶ巨大な魔法陣が出来上がった。次にチャガの命令で、マーバル達が同じ速度で魔法陣に従って街の中を歩き出した。次第に町中の猫達がこの行進に加わり始め、人間に気付かれないうちに街は魔法に侵食されていった。

 その夜、眠る支度をしていたスハーラは、かすかなざわめきを耳にしてエルガデール城のベランダに出て夜のエルセントを見下ろした。巨大な都市には無数の灯がゆらめき、包囲の中にあっても活気を失っていない事をうかがわせる。しかしそこにはいつもと違う禍々しい気配があった、スハーラがエルネイア姫を呼びに行こうと振り返ると、派手な寝間着のエルネイア姫とアーヤ女王が立っていた。スハーラは月光に照らされた二人の美しさに一瞬見とれてから、我に返った。
「エル、アーヤ、何かがおかしいわ」
 エルネイアがうなずいた。
「私も感じてる」
 アーヤも眠そうな目で街の灯を見下ろした。
「何か変、気持ち悪い」
 やがてベランダのすぐ下にある中庭に一匹の猫が入って来てニャオウと鳴いた、するとそれに応えるようにあちこちで猫が鳴き始めた。エルネイアがうるさそうに髪をかきあげた。
「猫が鳴くのって春じゃないの」
「違うわエル、これは何か別の理由で鳴いているのよ、あのざわめきはもしかしたら」
「まさか」
 三人は耳をすませてゾッとした。色白のスハーラがさらに青ざめた。
「猫よ、エルセント中の猫が一斉に鳴いているんだわ」
 その時、中庭の木立が揺れて大柄な人物が現れ、三人を見上げた。
「よう、夜更かしかい」
 その声を聞いたスハーラは、目を見開いて息を飲んだ。城の窓から漏れる明かりの中に、聖なる冠の守護者ブライス王が踏み出して顔を崩して笑った。
「遅くなってすまん、今着いたぞ」
 スハーラはベランダから中庭に続く階段を飛ぶように駆け下りると、ブライスに飛び付いて泣きじゃくった。ブライスの後ろからアントンとクライバー男爵、バンドンが現れた。クライバーがエルネイアに手を振った。
「久しぶりですね姫、うちの王子がお世話になってるようですが、ご迷惑をおかけしていませんか」
 そのクライバーの顔の明るさに、さすがに気丈なエルネイアも目に涙を浮かべた。
「ありがとうレド、これで聖宝の守護者が全員揃ったわ」
 マスター・リケルからの報告を受けたセルダンとベリックも駆けつけて来た。ベリックはアントンと抱き合ってお互いの無事を祝し、セルダンもクライバーの肩を叩いて喜んだ。
「よく来てくれた、これで戦闘の指揮をまかせられる」
「ああまかせてくれ、おっつけベロフもやってくる。それより、あの猫の声は何だ」
 皆は耳をすませた、セルダンの隠された記憶の底から、シムラーの試練で遭遇した山猫の姿が浮かび上がった。
「マーバルだ、レリーバの操る獣がエルセントに侵入したんだよ」

 (第三十三章に続く

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