ベロフがミルバ川を渡った頃、エルセントの遥か北方では、南下を続けるマコーキンとパールの軍が、同様に南下しているロッティ子爵の軍と交戦状態に入ろうとしていた。 巨大な牛に似た獣にまたがったパールはペイジ、ヒース、シャイーの三人の仲間と轡を並べた。その四人の前でロッティの騎馬隊が流れるように左右に展開した。 それを見てパールは思わず声を上げた。 「あいかわらず見事だな」 ロッティの二万の騎馬隊の中から五千ずつ二隊が、それぞれ左右に大きく展開してパール達の視野いっぱいに広がった。その両翼の中央に、鳥の胴体のように、二千、三千、三千の三段構えの突撃隊が待ち構えている。ロッティは中央の三千の隊にいるはずだった。さらに二千の遊撃隊がパール達の後方に迂回している情報も入っていた。 ペイジがうなった。 「パール様、ちょっときつい相手ですね」 「左右の一万は相手にするな、ロッティの後ろの三千も、遊撃隊の二千も関係無い。相手は正面の二千と三千、ロッティだけを叩けばいい」 パールの軍は二万、すべて騎馬で、マコーキンの兵一万はバルツコワ将軍が率いてパール軍の後ろに布陣している。病気らしいマコーキンはその軍の後方部にいた。 一方、マコーキンの腹心の参謀バーンはパールの陣営にいる。パールの後方に馬を止めていたバーンがパールに近づいた。 「私はかつてカインザーのケマール川で、今のロッティのような陣で敵を待ち受けた事がある。だがオルドン王はすべての仕掛けを苦も無く打ち破って通り抜けた。しかし今度は囲む側がカインザー、とてもあの中央を突破してロッティに迫るのは無理だ」 パールはヒースに尋ねた。 「もう一人、エンストン卿の歩兵はどこにいるんだ」 「ロッティの後方、約五キロの地点にいます」 バーンは再度警告した。 「パール将軍、やめたほうがいい」 パールは年長の貴族に微笑んだ。 「大切なのは皇帝陛下のために、俺が出来ることを全力でする事ですよ」 そう言ってパールは獣の首に下げた袋から魔法の餌を取り出して獣に与えると、大きく手を振って攻撃準備の合図をした。
・・・・・・・・・・
マコーキンと一体になったミリアの鳥は、金と銀の翼をひるがえして、すでにランスタイン山脈の頂上が見えなくなる程にタルミの里に近づいていた。そのミリアがマコーキンに伝えた。 (戦闘が始まるわ) (パールが戦闘を開始するのか、私の体は何をしている) (ぼんやり) (何だと) (勘のいいバーンは私の魔法がからんでいると思っているらしいけど、とりあえず体調不良と兵達に言っているみたい。パールは二万の兵を持っているからロッティとの戦いに出たのよ) ミリアの心の中にマコーキンの悪態がしばらく響いた。その子供っぽい悪態を自分がけっこう楽しんでいる事にミリアは気付いた。その後にマコーキンが言った。 (パールではロッティに勝てない) (どうして、確かにカインザー人は強いけど、パールもソンタールではかなり強いほうだと思うわよ) (性格だ、ロッティは状況に応じて引く事を知っている、あれだけの兵馬が彼の命令で自在に押し出したり引いたりする) (そうね、単純なカインザー貴族にしては歴史的変人だわ) (パールは常に自分を投げ出す、だから強いが、ロッティには通じない) (たぶん戦闘そのものより、結果が問題になると思う) (それは常にそうだろう) (そういう意味ではなくて、パールの事。負けた後の彼がおそらく問題になると思う) マコーキンはしばらく黙った後、応えた。 (早く戻りたい) (ええ、私もそう思い始めたところ) ミリアはまだパールという男の正体を掴みかねていた。しかし、もしかしたらタルミの里でこれから起きる出来事以上の、大きな出来事が起きるかもしれない予感がして二色の翼を震わせた。
・・・・・・・・・・
竜の背にまたがってセントーン王国を南下していたセルダンは、進路がずいぶん内陸に入っている事に気付いていぶかしんだ。 「なあアンタル、エルセントは海に面しているんだから、海岸沿いに南下したほうが近いんじゃないか」 セルダンの心に女性の声で返事があった。 (大事な戦いがあるのよ、それを見てから行きなさい) セルダンはびっくりした。 「エルディ神、なぜこんな所に」 (私はザイマンにいるわよ。エイトリがセントーン入りしているので、彼を通じて声を届けているの、そしてドラティの息子に今の進路をとってもらっているの) 「エイトリ神もセントーンにいるのですか」 (ええ、テイリン達と旅をしているわ) 「それで、僕が見るべき戦いは誰と誰がするのですか」 (ロッティとおそらくパール) 「ああ、それならば僕もロッティと共に戦います」 (だめ、それにおそらくロッティは負けないわ) 「ならば僕はエルセントに急いだほうが」 (あなたはパールを見たことが無いでしょう、見ておいたほうがいいの) セルダンはエルディ神の言葉に不安が混じっているのに気が付いた。 (そう、不安なの。あなたの黒い冠の魔法使いとの戦いは、まだ終わっていないと思うのよ) (いや、終わっているよ、セルダン王子の戦いは終わっている) アンタルの声が割り込んだ。 (竜の子、あなたにはわかるの) (うん、魔法と魔法の間に糸のような繋がりが見えるんだ。セルダン王子とあの魔法使いの間の魔法の糸はもう切れている) (ならば予測不能の結果が出るという事ね、セルダン注意して) 「わかりました」 セルダンは風の中に目をこらした。やがて大地を数万の軍勢が疾駆している様子が見えた。そして雄叫びと共に人馬が激しくぶつかり合い、戦闘が始まった。
(第四十六章に続く)
|